思わず、甘く濡れた唇に食いついた。
 後頭部に手を添え、汗ばんだ髪をかき乱しながら夢中で深い口付けを味わう。
 こうした時、彼女の肌はひどく熱い。それが舌を吸っては絡め、長く抱き合っているうちに、互いの熱を移して同じほどの温度になる。じんと脳髄が痺れるような、相手との境界が柔らかくとろけ出すような、今までに味わったことのない快感。
 繋いだ部分を密着させたまま、彼女の内側、弱い場所を丹念に責め立ててやると、普段からは考えられないほど高く甘い声が上がる。
 ああ、たまらない。
 自分の腰に爪を立てて悩ましげに善がる姿の、見上げてくる涙の浮かんだまなざしの、なんといじらしいことか。
 もう一度口付けを交わすと、蕩けて湿った声が己の名を呼んだ。
 
フリーザ様
 
「……。」
 一人ベッドの中で目を開けたまま、宇宙の帝王はなんとも言えぬ微妙な気分になり、とりあえず目を擦ってゆっくりと起き上がってから、起床時間にはまだ早いと思い直して再度横になった。
 どういう夢だ。
 自問したところで仕方ない。夢に特に意味などはあり得ず、いわば無意識の集合体に過ぎぬ。…青二才でもあるまいしこの程度で取り乱すことこそないが、まさか今のいままでそんな目で見ていなかった料理人が相手ではなぜだとくらい言いたくなる。
 何せ夢の中の自分は本気で彼女に欲情していた。
(そんなわけないでしょうに)
 料理人はヒューマノイドの中でも、とりたてて目立つところの見当たらないなりをしている。べつに不美人とまでは言わぬが、口の悪い男ならば地味だと断言するだろう。
 立場も外見も性格も、いや性格は気弱に見えてなかなか苛烈な女だが、それにしても。
 男も女もくさるほど寄ってくる己の身で、わざわざ手をつけるまでもあるまい。
(ばかばかしい)
 身近なものはなにかと記憶に残りやすく、そんな中でも彼女は妙に印象が深いのだ。おかしな夢を見たからといちいち気にかけてどうする。
 宇宙の帝王フリーザはそう結論付けて、すみやかに二度寝を決め込んだ。
 
 * * *
 
 朝食は見事な木の葉型のオムレツと、レモンのジャムを添えたトーストだった。
 薄いパンの軽やかな歯触りに、柑橘類の香気。一枚をちょうど食べ終えるタイミングで、横合いから紅茶を満たしたカップが差し出される。
「今朝は地球産の少し珍しい銘柄です。濃く淹れてもあっさりして渋みが残らないので、モーニングティーにはよろしいかと」
「ええ」
 愛用の浮遊ワゴンから瓶を取り上げ、いつも通り、色めいたものなど感じさせずに料理人が笑う。
「ジャムは他に苺とラズベリーもございます、変えるならお声がけください」
「ご苦労さま」
 
 少し全体を観察する。
 あたりまえだが、どう見ても可も不可もなかった。
 
「どうかなさいましたか」
「…いえ。ちょっと夢見が悪かったので」
「フリーザ様でも夢を見たりするんですね」
「あなた、わたしのことを化け物だとでも思っていませんか」
「私から見ればこの鑑のみなさん全員化け物ですが…フリーザ様はその中でも一番おっかない化け物、でしょうか」
「殺しますよ」
 思えば自分にこう言われて怯えない部下も珍しい。実際の戦闘力は置いておくとして、彼女自身、弱いところがなおさら不気味な化け物に育ち上がってはいまいか。
 オムレツを切り分けて一口含む。
 卵の風味と適度な塩気、なめらかな舌触り、具材の玉葱と茸の触感。その全てが歯車のようにぴたりとかみ合って、どこをとっても自分好みに焼き上げられた一皿。
「いつも思っていますが、あなたは本当にいい腕ですよ」
「ありがとうございます」
 返答はいつも同じ。ごく単純な感謝の一言だ。
 しかしそう告げる時が最も誇らしげで、答えるたびに腕を上げていくことをフリーザは知っている。
 たかだか一皿。たかだか栄養補給のひとつ。
 そんな一皿にどれほどの手間暇を傾けていることか、知りはしないが想像は難くない。そして彼女の仕事に十全に応えられるのは、自分以外にありえぬとも確信していた。
 知らずのうちに口元に笑みが浮かんだ。
(やはりあんなことになるはずがありません)
 むしろ相手が誰であろうが、恋愛など困るくらいだ。そこからまかり間違って結婚…さらに寿退職でもされては、自分の食事はどうなる。そればかりは到底容認できぬ。
 
(これだけの腕と度胸を持ったコック、もう二度と見つからないでしょうからね…)
 その執着の名を、悪の帝王はまだ定義できずにいる。