会食とは、虚無を食する会とも呼べる。
 決してまずくはない、それどころか最高品質の食事を用意されていながら、メインとなるのはあくまでも場で交わされる会話。どれほどうまいものを出されようとも味はある程度後回しになる。
 時には食事ひとつ落ち着いて取ることもままならない。立場とはそういうものだ。
 
「お帰りなさいませ、フリーザ様」
「まだいたんですか」
 フリーザ様はきょとんとこちらを振り返って、私室へ向かうフローターポッドを止めた。
 私が出迎えたのがよほど意外だったのだろう。
 宇宙船の中では時刻がわかりにくいが、今は深夜、いつもなら夕食をお出しした後にとっくに下がっている時間帯だ。
「今日は会食の予定だから、休んでいいと言ったでしょう」
「もちろんです。今の今までゆっくりお暇を取らせていただきました」
 私だって地球ではそこそこのランクの店に在籍していた身だ。会食なんて場が、のんびりと美食を楽しむようなものでないくらいよく知っている。
「でもお帰りとなれば、お夜食とお茶をご所望かと思いまして」
 だからこの時間まで残っていた。
 どうせフリーザ軍の宇宙船では始終誰かしら起きているため、いちいち火を落とすという習慣もない。
「…気が利くじゃないですか。出しなさい、ああ、私室のほうに」
「かしこまりました」
 それからフリーザ様は指先で眉間を揉んで、聞こえるかそうでないかの声で、今回の席は最低でしたからねとつぶやいた。
 肩が心なしか落ちているのは気のせいか。
「そんなにまずかったんですか」
「まずいもなにもあなた……はあ。地球のコックなど雇ってしまったせいで、あれくらいが標準だとうっかり忘れていたんですから、あなたにも責任の一端はありますかねぇ」
「ありがとうございます」
「殺しますよ」
 いや、だって。
 これは調子に乗ってしまう。文句をつけられたにせよ、お前の料理が基準になったせいでほかが霞んでしまうだなんて。
 フリーザ様は特にお世辞を言わないタイプの雇い主で、専属となってからこちら…それこそ多少踏み込んだ会話をできるくらいにはなったが…一度たりと、お世辞や建前でうまいと言われたことはないのだ。
 これが嬉しくなくてなんだ。
 私はにこにこと足を早めて厨房へ向かった。
 
 * * *
 
 魚介の旨味をたっぷりと含んだトマトのリゾットとヴィシソワーズ。手のひらにも満たないほどの大きさのチーズケーキ。真っ白な表面は果物でかたどった赤い花と、薄いドーム状の飴細工で飾ってある。
 今夜もフリーザ様はゆっくりと夜食を召し上がった後、いつものように、いい味でしたよと一言だけを寄越した。
「ありがとうございます」
「あんな焼きすぎた肉に塩辛いソース、やたらくどい味のスープ…どれをとっても疑問を持たずに食べられた時期があったとは。しかもそうと気付かせたのが、あんな田舎惑星の人間だとは。地球人は本当に生意気で、分不相応なものを編み出しましたね」
 これは褒められているのか貶されているのか。
「褒めているんですよ」
心を読んだようにそう付け加えて、雇い主は笑った。
「しかし、ここにいて良かったんですか?」
「何がでしょう」
「よくは知りませんが、今日は地球で大きな祭りがあったそうじゃありませんか。てっきり、今日あなたは丸一日いないものと思っていましたよ」
 クリスマスの話だろうか。
 確かに話の流れで教えたことはあったが、お祭りといっても突き詰めれば単なる人様の誕生日…なにより、私は仕事が好きなのだ。この時期は変わった食材が多く出回るから嬉しくないわけでもないけど。
「故郷でお祭りがある時にわざわざここで過ごそうだなんて、あなたは本当に物好きな人です」
「物好きでなければそもそもここで働けませんから」
「ほほほ、そうでしたねぇ」
 ましてフリーザ様の専属料理人。自分ではわりと正気のつもりだが、一般地球人女性としてはそろそろキチガイの領域だろう。
 
「いよいよ地球で暮らせなくなったら終身雇用してあげましょう」
「それはどちらかと言えば、私に不死身の肉体が必要になってしまいそうな道なんですが…」
 とりあえず、年はもう終わろうとしている。