「あに…」
「なんですか、その未知の宇宙言語みたいな発音は。兄弟ですよ」
あなたにも家族の一人くらいいるでしょうとフリーザ様は続けたが、正直に感想を述べるとすれば、この雇い主に血のつながった親兄弟がいて、同じ種族がまだたくさんいるなんて考えたことがなかった。
単体で沼から涌いて出たと言われたほうがまだ納得がいく。
「その顔はまた余所事に考えをやっていますね。ま、あなたの感想などなんでも構いませんが、さっきも言ったとおり兄が来ます」
そうだった。
「かしこまりました。そうですね…どのような献立にいたしましょうか」
「仲良く食事をするつもりはありません。お茶だけになさい」
「……かしこまりました」
不仲らしい。
まあまあ納得はいく。むしろ兄弟水入らずでお食事とお喋りを楽しむなんて言われたらそれはそれで、私ひとりの笑ってはいけないフリーザ軍が開催されてしまう。笑えるかどうかは微妙な線だが。
(それにしても、フリーザ様のご兄弟か)
地球人が相手なら事前に味の好みを聞くのだが、そもそもフリーザ様自身、私を雇われるまで食事に興味がなかったくらいだ。聞いたところで栄養素以外重視していないとか言われるのがオチ…というより、わざわざ言わなかったところを見るとほぼ確実にそのタイプだろう。
そして私はそういうタイプを味覚≠ノ目覚めさせるのが大好きである。
* * *
クルミのプラリネ、よくリキュールを効かせたガナッシュ。濃厚な小粒のショコラを静かに口へと運び、次いで淹れたてのコーヒーを一口。柑橘系を思わせるさわやかな香りは、中のガナッシュとよく合うものを選んだ。先日地球の裏まで行って買い付けてきた豆である。
クウラ様はそのままじっとカップの中身を見つめ、ほんの少し口元を緩めて息をついたと思うと、カップをもう一度口へ運んだ。
「いい味だ」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。やはりこの一言に勝る褒め言葉はない。
さて、どんな化け物が来るかと思ったら、実際お会いしたクウラ様は寡黙で真面目そうな高身長のイケメンであった。
繰り返すが、たいへん背が高い。私とフリーザ様は同じくらいだが、クウラ様に前に立たれると胸くらいしか見えないのだ。その身長でじっと見下ろされるのはわりと怖い。
なるほど、フリーザ様が嫌うわけだと私はひそかに納得した。
「最近気に入っているコックなんだ。どうだい、その辺のヤツとは腕が段違いだろう?」
「そうか、地球人は器用だと聞くが」
出入り口近くの一般兵のみなさんやキコノさんの表情があきらかにほっとしている。そりゃそうだろう。このご兄弟、さきほどまでとても重い空気で会話をなさっていた…いや、私は厨房にこもっていたから知らないけど。さっき通信で、場の空気が最悪だから早くお茶を持ってきなさいと聞いたのでまちがいはない。
多少なりとも会話の流れを変えられたなら幸いだ。
「その分弱くて扱いづらいんだけど、腕は折り紙付きさ。ボクはいい拾いものをしたよ」
「これは父上が欲しがりそうだな」
(えっ)
一瞬聞きまちがいかと思ったがそうではなかった。
(今ボクって言った?)
メチャクチャ気になるが、だからといってまさかツッコむわけにもいかない。私は必死に舌を噛んで平静を装った。
さっきから口調が違うなとは思っていたけど、普段ご家族と話すときと仕事のシーンなら違ってあたりまえだ。そこは当然といえる。しかし。それにしても。ぼく。
人は見かけによらないものだ。
こっそり深呼吸をしようとしたら第二弾が来た。
「だとしても、彼女ばかりは兄さんやパパにも譲る気はないな」
「そうか」
(えっ!)
(今パパって言った!?)
笑ってはいけないフリーザ軍が始まってしまった。
ちがう、撤回する。とても笑うどころじゃない。ツッコんだら負けである。しかしめちゃくちゃつっこみたい。まさかお父様をパパって呼んでると思わないじゃないか。だって雇用主は悪の帝王である。
あとでベリブルさんにこっそり聞いてみよう。
表情を変えないよう舌を噛みながら、私は兄弟の会話から必死に意識を逸らした。
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