彼女のスカウターが落ちる乾いた音だけが、いやに鮮明に聞こえた。
 じわじわと面積を広げる血溜り、レーザー銃が血肉を焼く胸がむかつくような臭い。その中にあって、敵意もあらわに目をぎらつかせる男達の声などとうに意識の外へ弾き出されていた。
 目の前で彼女を撃ち抜いた男は、一目見て生きて動いているのが不思議になるほどの重傷だ。なるほど、スカウターに捉えられぬよう命を犠牲にしての特攻かと、その場の全員を焼き払ってからフリーザは納得した。
 おそらく命を捨てても適わぬとみて、せめて弱そうなひとりでも仕留めてやるつもりだったのだ。
「フリーザ様、お怪我は…ひっ」
 自分はどんな顔をしていたのか、駆け寄ってきた非戦闘員のひとりが顔を引きつらせて足を止めた。常ならば臆病者など必要ないと殺してやるところだが、そんなことはどうでもいい。
 フリーザは無言で血塗れの女を抱え上げ、メディカルマシンに入れておけと一言だけを投げてきびすを返した。
「ど、どちらへ…」
「決まっているでしょう」
 
 横から自分のものに手を伸ばして、壊したのだ。
 このフリーザの、宇宙の帝王の料理人に。
 赤い双眼に憎悪をたぎらせながら、フリーザは空中へ舞い上がった。
 
 * * *
 
 メディカルマシンは万能ではない。
 薄緑の膜越しにも白い顔色は、回復の見込みがまるで不明だった。快癒するか否かは完全に運頼み。今でさえ治療完了までの時間を示すモニター部分には、一語だけが表記されている。
 何度見たところで変わるはずはない。不明だ。
 フリーザは歯噛みした。
 彼女の戦闘力数値は5、逆に驚異的といってもいい。ひときわ弱い地球人、それも女となれば自然であろうが、ともかく一桁など宇宙ではそうそう目にするものではない。
 粗悪な光線銃ひとつに貫かれるほど脆い体。
 それを無防備に連れ歩いてしまったのはまぎれもなく己だった。
 とうに理解している以上、星ごと消したところで苛立ちが収まることもあり得ず、かといってこの消えかかって揺らぐ命を繋ぎ止める方法もない。
(あるとすれば)
 はっきりと思い出すのは、かつて爆発寸前のナメック星で味わった屈辱の記憶だった。
オレの気を少し分けてやった
 思わず命乞いなどしてしまった己にも腹は立つが、それ以上に。あの超サイヤ人の、まるで哀れな虫けらでも見るようなブルーグリーンの眼差しが、忘れもせぬ声色と共に強く強くよみがえってきた。
(くそ、いまいましい猿野郎…いや、そうではない)
 他人に力を分け与える、それ自体は簡単なことだ。自分でも力の大会でエネルギーを枯渇させかけたソンゴクウに、意趣返しに同じことをしてやった。腹立たしいことに意図はひとつも通じていなかったが。
 しかし、これほどか弱いものを相手となれば話は別になる。
 たとえるならば底に穴の開いたごく小さなコップだ。水が抜けきるよりも早く、溢れさせることもなく、穴がふさがるまで水を注ぎ続ける。とてつもない根気と精密さを求められる作業。
 その上仮にやり遂げたところで、成果が上がるかどうか保証もない。なにせ脆弱そのものの種族だ。どこぞに重篤な後遺症が出る可能性もあるだろう。
 マシンに任せておけば生きるも死ぬも勝手にする。面倒なことをやる必要はない。
 フリーザは苛立ちを無理矢理収め、きびすを返して司令室へ向かった。
 向かおうとした。
「……くそ!」
 ドアの脇からこちらを伺ういくつかの視線へ、自分が言いつけるまで決して声をかけないよう命じてから、フリーザは大股でマシンへ歩み寄り、ガラス越しに眠り続ける生気のない顔を閉じ込めるように両脇へ手を付いた。
 己のエネルギーを目の前の体に適するように練り上げて、慎重に細く細く流し込んでいく。
 今思えば忌まわしい限りだが、くだんのお花畑≠フ精神修養はおそろしく役に立ったといえる。
(とはいえ、もう二度と戻りたくはありませんがね…)
 意識を研ぎ澄まし、波立たせず、エネルギーを引き出しては流し続ける。あの無邪気なパレードを見せつけられながらの精神修養の日々を思えば、なんということもない。
 あってたまるか。
 
 野蛮で粗雑で燃費の悪い、下等な猿どもには不可能かもしれないが、飲まず食わず眠らずで数ヶ月を過ごせるこのフリーザであれば。
(たかが綿埃ひとりを生かすくらい、造作もないんですよ)
 
 勝手に嘲笑されたような気分になり、あげくまた勝手に怨敵へと殺意を向けながら、悪の帝王はうっすらと気付き始めていた。
 またひとつ生命エネルギーの扱いに長じつつある己に。