おいしいと言われるのはやはり嬉しいものだ。
 
「これはうまいな、ボクは野菜はあんまり好きじゃないが…なんていったっけ?」
「キャロットケーキです。味ももちろん、可愛らしいオレンジ色も魅力のひとつでございます。あまり色を重要視しないところも多いのですが、綺麗なほうが嬉しいので、私のレシピではこのように」
「そうかそうか。こっちのクリームをつけてもいけるぞ、うん、気に入った!」
「ほんと、人参の風味と甘さがこんなに美味しいスイーツになるなんて、不思議でステキですねぇ」
「ありがとうございます」
 
 何がどうして家に帰るより先に豪邸に連行され、神様たちにケーキを作っているのか…とはいえ、このために地球まで連れてきてくれたのだから十分だ。ここまで来たら一人でも帰れるし。
 聞いた話ではここは西の都、なんとカプセルコーポレーションらしい。
 世界的な大企業じゃないか。
 道理で厨房の規模が違ったわけだ。使ったことのないものもいろいろあった。いいなあ。
「ねえ、あなたこれからどうするの? 家には戻るにしても、警察だって動いてるみたいだから、宇宙人に拉致されましたなんて言ってもね」
「いやほんと、どうしましょうね」
 けっこうシャレにならないのに思わず笑ってしまった。そんなことを言い出したら私の行き先は実家でなく病院だ。
「緊張感のない女だなきさまは」
「ちょっとベジータ! あんただって元はフリーザ軍なんでしょ、命からがら地球に帰ってきたばっかりのうら若い娘さんになんてこと言うの。ちょっとは優しく話してやろうとか思わないわけ」
「この人がベジータさんなんだ…」
 特に誰も紹介してくれないので皆さんとてきとうに話しているが、彼の話は軍内で何度か聞いたことがある。
「ベジータのこと知ってるの?」
「フリーザ様から聞いたことはあります、ほんの少しですが」
「ふん、あの野郎のことだ。下等な猿ごときに負けたのをさぞ悔しがっていやがるだろうぜ」
「戦いのことは専門外なんで詳しく聞いていませんけど、サイヤ人は仕事が雑だから価値の高い星には向かわせられなかったとか」
 ブルマさんはけらけらと笑った。
「あら、案外当たってるわ」
「クソッタレがぁ!」
 聞いたかぎりでは多少頭の回るサイヤ人もいたはいたらしい。
 しかし目的の星を傷つけず人だけを追い出そうとして、あろうことか農耕地域に大量の塩を撒き、かえって星の価値を暴落させてフリーザ様に殺されたと聞いている。いくらなんでも、頭を使った結果そんな暴挙に出る奴がいるとは予想できなかったろう。
 バカが変に知恵をつけようとするとろくなことがありません、と元上司はぼやいていた。ちょっとだけ気の毒だった。
 
「じゃあ孫くんがそのサイヤ人なのもフリーザから聞いたんだ」
「ああ、はい、初日に……いや、本当なんですよねそれ?」
「本当なのよ。私なんか孫くんがこんなちっちゃい頃から知ってるけど、あの時はびっくりしちゃった」
「ですよね」
 私は戻ってきてからこちら、ひたすら食事を詰め込んでいる孫さんのほうを眺めて、首をかしげた。
 
 今さっきフリーザ様にまったくびびらず話していたから強いことは強いのだろうが、正直今見ても胴着着てるだけのいなかもんのおじさんだ。
 だけどなんというか、この人がめちゃくちゃ強いのだと設定して脳内で戦わせてみたら、驚くことに納得いった。うまく言葉にはできないが、この人はフリーザ様を倒すだろうなと思えるのだ。印象はいまだに農家のおじさんのままなのに。
 本当に不思議な人である。
 
「そんでおめえさあモグモグ、帰るんモグモグだったらオラ送ってやるけどモグモグどうすんだ?」
「孫さん、食べてからしゃべってくださいよ。いやまあ…家には帰りたいけどこの空白期間の言い訳どうしようかと」
「あら、じゃあいったん泊まってきなさいよ。部屋は余ってるからどうってことないわ。悪い子じゃなさそうだし、言い訳のひとつくらいうちで用意してあげる」
「えっ!」
 ありがたいけどいいんだろうか…いや、いいんだろう。素直にありがたいのでこの際受けてしまおう。私一人では限界があるし。
 金持ちの厚意には甘えるべきだ。
「その代わりってわけじゃないけど、うちの子の遊び相手くらいしてくれればいいわよ」
「ありがとうございます!」
  
 翌日、私はちょっとだけ安請け合いを後悔した。
 遊びひとつでもサイヤンハーフの子供すごい。体力が無限すぎる。