地球人はひときわ脆い種族だ。
フリーザ軍で過ごしてしばらく。私は自分の利点と欠点をよくよく思い知らされていた。
欠点はもうわざわざ言うまでもない。か弱く体力も少なく、すぐに死ぬ。多少悪いものを食べるとすぐに体を壊す。皮膚も柔らかく、他の種族からすればこれくらいと思うようなことで大きな傷を作るし、感染症にも弱い。外宇宙に出ないのは納得である。そんなことより自分たちが生きる環境を整えるのに必死だったわけだ。
だがこうして軍内初の地球人として過ごしているうちに、それらを補うほどの利点にも気付きつつあった。
地球人はおそろしく器用なのだ。
自分たちに合わせて衣食住を細かく整え、居住環境をより良くする。
口で言うのは簡単だが、自然のものをそのまま食べると消化不良や食中毒で死ぬ、椅子やベッドが固いだけで腰痛を起こす、暑すぎても寒すぎても簡単に体を壊すし最悪死ぬ。そんな自分たちの弱さを創意工夫でねじ伏せて、地球人は今日まで繁栄してきた。
弱さは生活の向上を手助けする利点のひとつであると、私は思っている。
「驚きましたよ。最初に食べたものもなかなかのレベルだと思いましたが、まさかこれほど…」
「当然のことでございます」
低姿勢で思いっきり上からいってやった。いってやったぞ。
今回出したのは、キコノさんが作ってくれた真空調理器での試作品。ローストビーフ……の、ようなもので、おいしいと評判の肉を買ったはいいけど、生きて動いてるところの写真を見せてもらってもどんな生き物なのかわからなかった。とりあえず肉質が牛に近いきれいな赤身だったので、暫定的にビーフと呼んでいる。
手足が八本あってモモ肉をとりやすいのは利点だ。
「か弱い地球人がこれほど繊細な味を作りこなすとは…いえ、弱いからでしょうかね。なんとも分不相応な技術を編み出したものです」
「それは喜んでいいお言葉でしょうか」
「喜びなさい、褒めているのですよ。わたしの料理人にしてよかったとね」
「…恐れ入ります」
笑ってくれ。なんだかんだ言って厚遇に負けた。
人と経費をもらってから仕事は加速度的に楽になったが、食堂を根本的に立て直すのはまだ時間がかかる。料理人とは職人でもあるから、最低限でも技術を持たせるには時間が必要だ。それにどんな手間をかけたとしても、思うとおりに育ってくれるかはわからない。
遠征先で見込みがありそうな料理人がいたら声をかけておいてくれと戦闘員にも言ってあるが、そちらは完全に運任せ。
覚悟はしていたがやはり現場の指導は難しい。
そういう環境下で、私はふと聞かれたことがある。
コストと手間さえ惜しまなければ、あなたはどれほどのものが作れますかと。
宇宙の食材はまだまだ未知で、地球にいた頃と同じ十全の腕はまだ振るえないとわかっていても。
特徴的な高音をゆらめかせて笑う、彼のあの声色に。どうせ頭を垂れることになりますよと言わんばかりの、あのまなざしに。いいえ、あなたにお出しできるほどではありませんと、どうしても答えられなかった。
必死で考案して腕を振るったメニューは忘れもしない。スズキに似た白身魚のポワレと紅茶のムース。
その一夜から、私は本来の仕事と並行してちょくちょくフリーザ…様に料理を出すことになったのである。
今思えば、煮詰まっているのを察してうまくのせられたような気もする。
さて、拉致の一件はまだ許していないが、それをいったん脇に置くと、フリーザ…様はそこまで悪い上司でもなかった。私の待遇は目に見えて良くなったし、なにより支給される人件費の桁といったら、思わず記入欄を三度見した。このぶんなら部下たちにもかなりいいお給料をあげられそうだ。
やはりこれだけ大きい組織の長だけある。根性はひん曲がっているが金払いは最高だ。
そこそこ器用で味覚が鋭いだけで、よくわからないうちにか弱い地球人の部下にされた皆のためにも、私の覚えは良くなければいけないのだ。
「そうですねぇ、この調子で腕を上げ続けたなら、特別ボーナスに星のひとつもさしあげましょうか」
「ええ……いえ、けっこうです…」
フリーザ軍が宇宙の悪徳不動産業をやっているのはさすがにもう知っているが、持ち物件くれるってなにそれ。怖い。
第一仮にもらうとして、うちで扱う星となれば、すなわちどこかの誰かを追い出して奪ったわけで…法的には大丈夫なんだろうか。宇宙規模の揉め事なんて御免こうむる。固定資産税とかも怖い。
(地球の法律を宇宙に持ち出して考えるのもおかしいけど、こんな軍でもそれなりにちゃんとした就業規則や有給制度あったもんなぁ…)
地球で過ごしていた頃はあまり法律に明るい立場でもなかったが、これからはかりそめにも宇宙の地上げ屋に籍を置くのだ。多少は勉強しておかなくては、何かあった時に逃げることもできなくなる。いっしょに検挙されでもしたら目もあてられない。
(このまま収入と自由度を確保すれば、うまくしたら自分の宇宙船なんか買って地球に帰る道もあるかもしれないし…)
なんてことをわりと真剣に考えていたところだった。
「あれ、おめえやっぱここにいたんか」
一瞬幻覚かと思ったがそんなこともなく、孫悟空さんがそこに立っていた。
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