「ボクはな! そのコックの、キャロットケーキが食べたいんだ!」
またビルス様がワガママ言い出した…とつぶやいたのが誰かはともかく、その場全員の心境を代弁するひとことではあった。
どうしたものかと孫悟飯は父へ視線をやったが特別深刻にとらえた様子はなく、ことの原因である弟すらも破壊神の向かいの席で、だって本当においしかったんだよなどと足を揺らしていた。
かつて父と宇宙を揺るがすような戦いの果てに、本来であれば破壊する予定だった地球を存続させた破壊神ビルス≠セが、本神が言うことには、あくまで食事の豊かさでもってそうなったに過ぎぬとか。
ならば食事関係のワガママを無視しては、のちのちろくなことになるまい。
「確かそれくれたのは…おとうさんが野菜を卸してる先の、農協の受付の人だったっけ?」
「うん! おいしいねって言ったら、都でコックさんやってたって教えてくれたんだよ」
「だからかぁ」
今こそ田舎暮らしをしていてもやはり技量は確かなのだろう。
「わたくし地球でいろんなものをいただいて来ましたけど、同じお料理もコックさんが違うとぜんぜん味わいが違うんですよねぇ。地球人ってとぉっても不思議ですねぇ」
人参のケーキ、どんなお味なんでしょ…付き人ウイスはうきうきとそうつぶやきながら、テーブル上の角砂糖をひとつつまんで紅茶に沈めた。つまりなにがなんでも連れてこいということだ。
そんじゃあちょっと行ってくると、父が瞬間移動でパオズ山まで一時帰宅してしばし。昼下がりのカプセルコーポレーションはおおむね平和だった。
数十分後。
一人で戻ってきた父が衝撃の事実を告げるまでは、平和であった。
* * *
「そうなのよ、ここ数ヶ月ずうっと行方不明なの。警察? もちろんよ、ここにも捜査に来たわ。でも調べてはもらったんだけど、誘拐とかにしては本当にひとつも手がかりがないみたいでねぇ、しまいには自発的な家出じゃないのかって! 失礼よ、あの子まじめで仕事熱心だもの、そんな無責任なことしないでしょ。孫さんもそう思うわよね! まったく警察って肝心なときに役に立たないんだから……あらそうだったわ、だからうちのほうであの子の写真付きのポスターも作ったの。もうご家族も落ち込んじゃって、かわいそうで見てられないわ。とにかく生きて帰ってきてくれればいいんだけど…それからねぇ………」
「おお、受付のおねえちゃんだろ? あのオッパイの大きな…え、セクハラ? なんじゃい固いこと言うな。そうだなぁ、行方不明だっつうじゃないか。心配だよなぁ。俺らも町に行った時なんかはちょっと注意して見たりしとるんだが、さっぱりだ。仕事ほったらかしてどっかいっちまうような不真面目な子じゃないし…」
「勝手に入ってきちゃだめだよそこのおじさん。あ、うん、この子ね。確かに捜索願は出てるけど、警察ってのはそういうこと表に出しちゃいけないの。ほら帰って……だからそうもいかないんだってば。まあ、その子のことは知ってるけどさ…長いこと都で暮らしてたんでしょ? そんな大騒ぎしなくてもよくある話だよ、男でも連れてひょっこり帰ってきたりするんじゃないの?」
「ううん、ちょっと覚えてないわねぇ…ああ、でもなんでもいいなら、それくらいの時期にね、うちのおばあちゃんがUFOの人攫いが出たとか言ってたのよ。……そうなんだけど、おばあちゃんってばもうボケちゃってて、ちょっと前にも自分のお金を泥棒されたとかって騒いで、警察まで呼んだ騒ぎになったもんだから……ええ、ええ。でもあれはなんだか様子が違ったような気がするのよ。そこの後ろの緑色の人、そう、あなた。あなたみたいな大きな肩当てをしてて、お顔が紫色だったんですって。こどもだったら空想のお話をすることもあるけど、大人が話す内容にしちゃフツーじゃなくて、気味悪いわよね?」
* * *
各自が集めた証言をすべて開示したあとの夕暮れのカプセルコーポレーションは、なんともいえぬ不穏な空気につつまれていた。
「これってつまり、また宇宙人がやったってこと?」
「証言が確かならそうなんですけど」
「ピッコロのマントみたいな肩当て、っていったら…オレ達も着たことあるあの戦闘用ジャケット、確かにそれっぽいよな」
「でも証言っていってもボケたバアちゃんなんだろ? ホントにアテになるのか?」
「それに一般人の女をひとりではな。さらうにしても理由はない」
「向こうの魂胆なんざ今考えてどうなる。もしフリーザの野郎でなかったにしても、現状手掛かりは一つしかないんだろうが」
「ベジータ、あんたまたとりあえず殴ってから考える気なの」
「どっちにせよあの野郎とはいつかやり合う必要があるんだ!」
「いつかだったらわざわざ今ケンカすることないでしょ!」
あんたたちサイヤ人はいつもそうやって殴り合いで解決することしか考えないんだから、サイテーよ、と金切り声の説教が続く。
かといって主張自体はさほど間違いともいえぬ。己たちの非合理性にあんがい自覚のある純血サイヤ人ふたりはかたや口笛を吹き、かたや仏頂面で、あさっての方を向いてごまかした。
「ま、まあまあブルマさん。その仮説がもしまちがっててフリーザ軍とまたやり合うことにでもなっちゃったら「なによクリリンくん! 他人事みたいな顔してないで、あんたも警察官なら捜査資料のひとつも持ち出してきたらどうなの!」
「かんべんしてくださいよ、管轄が違うんじゃオレだって見られないし、そんなことしたらクビですって!」
会議は躍るばかりであった。
「あらあら、じゃあ殴らずふつうにお話をすればいいんじゃありません?」
のんびりと中性的な声が割り入ってきて、一同は思わず発言者へ視線を集めた。
「聞いてみるだけならまさかケンカにはならないでしょ? フリーザさんだって今やり合ったらまた死んじゃうかもしれませんし、勝っても部下のみなさんが減っちゃいますから、わざわざ手は出してこないと思いますよ」
付き人ウイスは世俗の争いなどつゆ知らぬという顔をしながら、言うことはごくシンプルで明晰である。
「そりゃそっか。あいつだってもう地獄に戻りたくねえはずだもんな」
「オレは一刻も早くヤツを地獄にたたき返してやりたいがな!」
「孫くん、聞きにいくならベジータは抜きね。こじれるだけだわ」
「代わりに僕が行きますよ。そうだ、ビーデルさんに連絡入れなきゃ…」
「おい、悟飯。もしもその場に目当ての料理人がいたら、お前がまず真っ先に守ってやれ。こういう時の孫はあてにならん」
「えー兄ちゃんだけズルい、お姉ちゃんに会うんならボクも行く!」
「悟天はダメ。そろそろ帰って宿題やらないとまた母さんに怒られちゃうぞ?」
問題こそなにひとつ解決していなかったが、場は方針が決まった途端一気になごんだ。
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