「そういえばいましたね、あなた」
 呼びつけておいてなんて言いぐさ。
 しかもいましたねってどういうことなんだ。地球の側を通ったら下ろしてやると言ってたじゃないか。私のこと忘れてたな、この白トカゲ。
「…思い出していただけたようで幸いです」
 溢れそうな怨嗟を内心に押し隠して、私は精一杯ていねいな答えを返した。多少嫌味が入ったけれど。
 
 食堂殴り込み事件からは二ヶ月ほど経っている。
 汎用レーション、すなわちレトルトや固形食料の味はもう完全にできあがっているのだからどうしようもない。いままで通り各シーンで活躍してもらうとして、かりそめにも食堂と名のつく場所でそんなものしか食べられないとあっては地球人は黙っていられぬ。
 調理設備をいちから見直し、謎の食材や調味料を揃え、使い方を学んで(これが一番大変だった)、ただレトルトと酒を出すだけだった配膳施設をどうにか食堂としての体裁だけととのえたところである。
 本当に、まったく、大変だった。
 途中で何度も投げ出しそうになったし、もうやだ地球に帰りたいとさめざめ泣きもしたが、とりあえず食事をなんとかしなければ精神がズブズブと沈むばかりなのでその一心で耐えた。真面目に風呂と食事だけが心の支えだった。何もしないであんなクソまずいレーションばかり食べていたなら、ストレスが加速してやはり早晩そのへんで首でもくくっていたであろう。
 
 そして厨房の押し込み強盗と陰口を叩かれながら頑張って二ヶ月。
 本日フリーザから呼び出しをくらった。
 来てみれば元凶は初めて会った日と特に変わらぬ様子で、司令室の椅子に腰をかけて、白い尾をゆらめかせていたというわけだ。あれを根本から引きちぎって焼いて食べたらどんな味がするだろうか。
「最近厨房で勝手な真似をしていると聞きましたが、どういうことですか?」
「あまりにも食事がひどかったものですから」
 だいたいあれは厨房なんてごりっぱな代物じゃなかったぞ。
「フリーザ軍の支給品です、必要な栄養素は十分に含まれていますよ」
「そういうことではありません」
 まずいというその一点が最大の問題だと私は説いた。もう命惜しさもくそもない。問題点を全部ぶちまけてやる。
 宇宙の標準があの味だとしても、わざわざ私が合わせてやる義理がどこにあろうか。
「今申し上げた通り、食事とは生活すべての根幹。
 もちろん少なからず種族によって味覚の差異は見られるでしょうが、それを差し引いても整えて決して損はありません。まずい食事は士気を下げます。既存のレトルトや固形食料は出来上がったものなのでこの際仕方がないとして、食堂はせめてもう少しまともな食事を提供する場所であるべきです」
「……。」
 周囲が蒼白になる様子を後目に、フリーザは私に視線を据えて、黙って話を聞いていた。
 
「あなたにはそれができると?」
「もちろんです」
 私は即答した。
 同じほどの高さにあるフリーザの目を睨み返して、ぐいと顎を上げて、胸を張って。
 もう目は揺らがない。足も震えない。
 どうせむこうがその気になれば一ひねりに殺されるのだ、完全な強者を相手にこれ以上怖いことなどあるものか。
 
 地球をなめるなよ、宇宙人。
 
 数時間にも数秒にも思えるほどにらみ合っていたが、不意に赤い目を柔らかく細めて、フリーザが笑った。
「ほっほっほ、これはなかなか…わたしの前に堂々と立って、そこまでの見栄を切れるとは。あなた、地球人とは思えないほど度胸がありますねぇ」
「恐れ入ります」
 褒めてるんだろうか。これ。
 百歩譲って褒められていたとして、度胸もくそもない。私はついこの間まで可も不可もないを絵に描いたような、ケンカひとつしたことない気弱な地球人だったのだ。こんな凶悪な宇宙人にメンチを切る予定はなかった。
 つまりは、やっぱり、全部あなたのせいではないか。
 思わず目がじっとりと恨みがましくなった時。
「よろしい。好きにやってごらんなさい」
「えっ」
 マジで?
「もちろん前線で食べるものはどうにもなりません。温かいものを食べると眠くなりますから、戦場で食べるものは意図して味を悪くしていますしね。
 まあそれはそれとしても、基地内で食事の水準を上げるのは悪い考えではありません」
 さらりとぶっそうな単語が出るのはなんなんだ。どこの前線だ。
 そういえば私はこのヤクザ組織がどういう仕事をしているのかも知らないけど、片棒かついで大丈夫なんだろうか。
「とりあえず、好きに使える人と経費をある程度回しましょうか。欲しい設備があるならキコノさんにおっしゃい。彼は気弱ですが腕が確かです、そうかからずに作ってもらえますよ」
「え、あの、はい」
「それから、ベリブルさん。彼女に今までの分のお給料を差し上げてください」
「えっ!」
 あまりのことに驚いて声が出た。
「いらないんですか?「いただきます!」
 いやよく考えなくても相応の給料をもらうのは当たり前以前のことだが、我ながら悲しいことに、金どころか生きることしかできない船内ホームレス生活が長くて考えが及んでなかった。
 ついでに動きやすい新品の服もくれるという。こうなってしまえば、自分には見えない業務が後ろ暗かろうと飛びつくしかなかった。
 首なんかくくってたまるか。やっぱり私は死にたくない。
(これが人間の生活だ…人権が戻ってきた…)
 安堵で膝から崩れ落ちそうだ。
 
「あなたの料理は評判がいいですからねぇ。それだけの腕があると認めたあかつきには、わたしの専属というのも考えてあげますよ」
「……ありがとうございます」
 怖いからやだ。わりとまだムカついてもいるし。
 
 だが、ちょっと良くされたからといって、見る目が変わってしまった自分が一番ムカついた。