「そういえばあなた、この艦に籠りきりですね」
「あまり出歩く必要がないもので」
「物欲が薄いのはわかっていましたが、今となっては高給取りでしょうに」
「……あまり、必要がないもので…」
繰り返しになってしまったが、本当に大して必要がなかった。
なくて困るのは作業用の高性能なコックコート、それから人前に出るためのシャツとベスト。小物のクラバット。あとは私服が数点。ちゃんと全部揃っている。
そして今となっては、洗濯で不足することもあまりない。所定の位置に出しておくと回収のちきれいに洗濯され、アイロンもかけられた上で返却される。よれたら新しいものを用意してもらえる。本当にまったく不自由がないのだ。
なお、支給のコートは通気性が良く耐火性能が高く、メンテナンスも楽な不思議な繊維でできている。さすがは宇宙の大企業、気が利いている。ほぼヤクザだけど。
「あなたねえ、今の立場をわかってるんですか。このわたしの、宇宙の帝王フリーザの料理人でしょう」
「そう言われましても」
それからしばし、上の者がそれなりの暮らしぶりを見せなければ、部下もいらない遠慮をしてしまうものだとお説教が続いた。
私は少し浅慮を反省した。言われてみればもっともだ。自分自身はこの暮し向きでいいが、やはり立場を持った今は対外的なイメージというものもあるだろう。
「散財を咎めるならまだしも、もっと使えと注意するなんて初めてですよ…何かほしいものはないんですか」
「お買い物ならこの間しましたよ、宇宙船を」
「ああ、キコノさんに見立ててもらっていたあれですか」
地球に戻るにも、この間もらった星へ向かうにも、やはり足は最優先だ。一般地球人が宇宙船を買うことなんてそうそうないのでけっこうワクワクした。
なお所有者の私よりもワクワクしていたのが、ブルマさんと彼女のお父様だ。今度よく見せてくれと頼まれたが、その様子は研究者というより、素敵なおもちゃを見たがる子供のようだった。
「宇宙船は生活必需品のたぐいでしょう。あなたという人は、賃金の上げ甲斐もない…私服だって似たようなのしか見たことがありませんし」
「い、いいじゃないですか…女の部下の服装にケチをつけるなんて、そんな、セクハラですよ……」
苦し紛れの言い訳が多少お気に障ったようで、誰があなたにそんなマネをしますかと言わんばかりの金縛りを食らった。
綿埃レベルの私を殺さないよう、あの手この手でいたぶってくる執念はいっそ感心するまである。生まれついての性悪だ。
そんなことはともかく、明日からは休暇である。
ゆるやかに湾曲する長い廊下を歩きながら、ぼんやりと考えをめぐらせた。
(買い物ねえ)
あそこまで言われたからには何か結果を出さなくては。
食材は仕入れてもらったばかり。生活用品も揃っている。個人用の小型宇宙船を買ってからは時間が許す限り自由に飛び回れるし、地球へも帰れる。そのおかげでストレスもなくなった。
指摘された私服を買うのもいいが、あいにくお洒落にはあまり興味がない。シーズン前に、これなら頑丈で見た目もまあまあというものを色違いで数着買って着回す。
ついでに鞄や靴も頑丈さと使い心地が優先で、ダサくなければいいレベルだ。アクセサリーもあまりつけない。
調度品でもと思うものの、殺風景な自室にぽつんとそんなものがあってもただむなしいし、インテリアどころか、部屋に置くなら加湿器ぐらいしか欲しいものがない。あんなに言われて加湿器買って帰ったら、フリーザ様はさぞかしバカにするだろう。
(そうなると、趣味の面になるか…でもなあ、本はかさばるし、大事なカプセル使っちゃうのもやだし…映画観たり音楽聴いたり…それもべつになけりゃないでいいしなあ)
なんてことだ。考えてみたら私は仕事以外に趣味がなかった。
こんな状態でひとりで考えてもしかたない、地球に戻ったらブルマさんにでも助言をもらおう。
* * *
「道理で似たような格好しか見たことないと思ったわよ…」
ブルマさんは話を聞き終わると、やおら眉間を押さえて上司と同じことを言った。
以前カプセルコーポレーションにお世話になった際、帰ったばかりで地球の通貨をぜんぜん持っていなかったのでやむなくお金を借りたが、その時にも似たようなことを言われた気がする。
二着しか買わなかったのはまずかった。どうせあとで返すんだから無駄な出費はおさえたかったのだ。
「なんていうか、元はいいし清潔感もあるのよねえ。悪くはないんだけど…あんたどうせ実用のことしか考えてないでしょ」
「はい!」
「思いっきりうなずいてんじゃないっ!」
わかってくれたかと嬉しくなって力一杯肯定したら怒られた。
「よし」
「えっ」
いいわけをする間もなく、ブルマさんは闘志に火をつけてしまったらしい。
「これから時間あるって言ったでしょ、今日は美容院とエステとネイルサロンとブティックはしごするわよ! 時間かかるから覚悟しなさい!」
「丸一日ですか!?」
「納得いかなきゃ明日も行くわ」
「嘘ぉ!」
止める暇もなく、ちょっと待ってなさいと言い残してブルマさんは身支度に出て行った。私は多少アドバイスでももらえたらと思っただけで、なにもそこまでやってほしいとは言っていない。ありがたいけど藪蛇だった。
へこんでいるとトランクスくんが来て、ママ買い物長いからホントに明日も連れてかれるかもしれないよと値千金の忠告をくれた。
その時の私は、きっと動物病院に連れて行かれる犬のような顔をしていたと思う。
「トランクスくん、いっしょに来ない?」
「えー、エステとか美容院だろ? つまんないからやだ」
「あとでケーキ作ってあげるから」
「つまりオレを連れてって、飽きたから帰ろうって途中でダダこねてほしいんだろ、お姉ちゃん」
「……なんでわかったの」
「オトナが子供に頼み事する時なんてだいたいそんな感じだもんな。まあ気持ちはわかるけどさぁ、怒られるのこっちなんだぜ?」
ぐうの音も出ない正論。
「……すみませんでした…あきらめます…」
詰んだ。ベジータさんの息子さんとは思えない先読みの速さである。
「当分美容院はいいと思ったけど、見苦しくない程度とか言ってないで、しょうがないから腹くくるかぁ…」
「それにお姉ちゃんはさあ、なんていうか、オレも……もうちょっとオシャレするといいと思うぜ…」
どうして声が小さくなるの。こっち見てしゃべってトランクスくん。
子供にそういう態度を取られると結構傷つくのだ。
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