「僭越ではありますが、私をこの位置に立たせておいてよろしいんですか」
「どういう意味です?」
現在の雇い主こと宇宙の帝王は、司令室の窓からこちらへ視線を向けて、私が何を言わんとしているのか本気で理解できないという顔をした。
まあ専属の料理人である事実にいまさらどうこう言うつもりはない。
私は物理的な立ち位置の話をしている。
「ですから、刃物を持ったままこのようにフリーザ様の近くに立てるのは問題ではないかと」
上司は今度はバカを見る顔になった。
「あなた戦闘力いくつですか」
「さあ…計ったことがないもので、なんとも…」
「確か地球人成人男性の強いほうで10かそこらですよ」
「……それでしたら、たぶん5ぐらいじゃないでしょうか」
「5…」
答えると上司はなんともいえない哀れみに満ちた声で人の戦闘力数を復唱し、そのあとでかい溜息をついて、ゴミムシも通り越して部屋の隅のワタボコリじゃないですかとつぶやいた。さすがに心外だ。
「ワタボコリって悪口言われたの人生で初めてですよ」
「悪口じゃなく事実でしょう。いくらなんでも5って、むしろあなたどうやって生きてるんです」
悪人にそういう目をされるとちょっと悲しくなるからやめてほしい。私だってけっこう一生懸命日々を生きているのだ。
「はあ…あなたもムシケラ以下なりに頑張って生きてるんでしょうね…まあそこは本題じゃありません。アリが多少鋭い針を持ったところで恐竜に勝てると思いますか?」
話の意図はわかっていたけど、わざわざここまで人の戦闘力こきおろす意味あった?
それはともかく、アリ対恐竜。ちょっとまじめに考えてみるか。まずガタイが違いすぎてお話にならないような気もするんだけど。
「針に毒が含まれていたら、万が一もあるかもしれませんが」
「ほう」
足を使わずすいっと浮いてこちらへ近寄ってきたと思うと、不意に目の前で赤い瞳が細まる。
「ヒッ…」
胃のあたりが引き絞られるような痛みと目眩。
足下から背筋まで、寒気に似た圧迫感が這い上がってきた。
この上司のもとで働くようになってから、しがない地球人だった私ははじめて言葉だけでない殺気を実感したものだ。
フリーザ様は時々こうして人をいたぶって遊ぶ。
悪の帝王に相応しからぬみみっちい遊びだが、初回に比べれば今は手加減しているほうだ。最初に食らった時は思わず死を覚悟した。
「それは、わたしの食事に毒を盛る可能性があると?」
「そ、そんな滅相もない……あの、ですが仮に盛ったとして、おとなしく死んでくれるんでしょうかね…」
「いいえ。たいていのものは無毒化してしまいます」
すごくない?
「実際毒を盛られることも多かったものですからね。そのおかげで、効かないとは言いつつわざわざ食事を取るのも面倒になりましたよ」
「……。」
それは楽しいのだろうか。
生態がぜんぜん違うのだからよけいなお世話とはわかっているが、どんな失礼な感想も外に漏らさなきゃ問題はない。私にだって地球という環境でいままで生きた年数ぶんの常識と偏見がある。
それに基づくと、美食を知らず生きるなど損でしかない。
そもそもこの宇宙の帝王の下で働いているのだって、もとを正せばそういう理由なのだ。
「…フリーザ様、カンジャンケジャンってご存じですか?」
「は?」
「この間お出ししたカニを使った料理です。明日はそれにしましょう」
「あの蜘蛛そっくりの…いや、それと今の話と何の関係があるんです」
「美味しいものはいいですよ」
「人の話を聞きなさい。殺しますよ」
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