「なんて?」
 レッドリボン軍総帥マゼンタは思わず素っ頓狂な声をあげた。
 正確に言えば聞き取れてはいたものの、なんだかものすごくそぐわない話であったがために聞き返すしかなく、ついつい首をひねる。いつものように傍らに控える側近カーマインは、いつものように面白くもおかしくもなさそうな顔で携帯電話をしまい、先の用件を復唱した。
「ですから、昼食をご一緒にと」
「お前とか?」
「ちがいます」
「そうだよな」
 頼れる女房役の口からは、最近飼い始めたばかりの可愛い女の名が示された。まちがいはない。ついさっき聞いた名である。
「それで、まあ、あれだ。囲ってる女が一緒にメシを食わないかと誘ってくるのはいい。普通だな」
「はい」
「しかしそういうの、どこかの店とか指定してくるもんじゃないのか。なんで弁当作ってきたって?」
「時間と材料が余ったので多く作ったそうです。…ああ、メインはクラブハウスサンドと言っていましたが」
 きらいな者の方が珍しいくらいの定番メニューである。いや、そうではない。
 愛人と雇用主、しかもどちらも割合いい歳で弁当のサンドイッチのやり取りとはさすがに聞いたことがない。これでどこぞに人目でもあるようなら、マゼンタはなんらかの隠語ではないかと疑っていたところだ。
 ハイスクール生のクラブ活動でもあるまいし、悪い気はしないがどんな顔をすればいいのか。
「まあいいか…おい、食べるから昼頃に持ってくるように伝えておけ」
「はい」
 とはいえ、正直なところ、やはり悪い気はしない。その日午前中の仕事は心なしか通常よりも捗ったように思えた。
 
 男という生き物は、女の手料理となれば幾つになろうが存外浮かれてしまうと知った日だった。