「俺がこの男の立場なら…? そうだな、まず惚れない。少なくともこのぐずぐず泣いてばかりの、責任感、生産性共にゼロの無能にくれてやる時間は一秒もない」
「そうですけどほら、若いし顔もカワイイですよ」
「若いと言えば聞こえはいいが、顔しか取り柄のないガキに何の価値がある?」
「カーマインさん、実はそうとう鬱憤溜まってましたね?」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「あはは…すみません」
 横合いのソファから、わりとはっきりと怒りを含んだ低い声がする。
 いくらつまらないものを観ても普段ならここまで言わないので、これはレアな反応と言える。嬉しくはない。
 
 この空気は居間にサブスクで流しているドラマのせいだ。
 というのは、ついこの間観終わった昔のドラマシリーズがとても面白かったことに端を発する。設定は突飛だが語り口は軽妙洒脱で、笑いはキレが良く、登場人物も皆なんともいえず味がある。最終回を見たその日に思わずDVD全巻を衝動買いしたくらいだ。
 珍しくカーマインさんも何も言わずに最後まで観たし、今度総帥にもお薦めしようと思っている。
 そこに出てくる脇役の少年がまた良かった。まだローティーンだというのに、愛らしさと凛々しさを同時に備えた美少年で、演技力もけっこうなもの。
 だから私はふと興味を引かれて、数年後の彼が出る別の作品も観てみようかなと思った。
 思ってしまった。
「半分も観てないのにここまでひどいのもそうありませんね」
「せめて評判くらい確認してから流せ」
「それはそうなんですけど、前にそれやったらすごいネタバレ踏んだんですよ」
 駄作はいままでそれなりに見たが、だからといって慣れるわけではない。
 要はシンデレラストーリー…を目指していたのであろう、寒いお涙頂戴だ。
 構成はすかすかでツッコミどころ満載。シリアスなシーンを台無しにする上滑りしたギャグの数々。まさか場がなごむとでも思っているのだろうか。
 作中、さほど悪いこともしていないうちから悪役の登場人物がボロクソに言われ、どう考えても倫理的によくない真似をしたはずの味方はやたらいい人扱いをされていた。泣ける話だ。悪い意味で。
 ちなみに主人公役の女優は、今売り出し中のアイドルのゴリ押し。目当ての少年はその彼氏役だったが、主人公との演技力の落差が激しいあまり、悲しくて見ていられなくなってしまった。あんまりだ。
 カーマインさんは一話目の終了あたりで私の本棚から小説を引っ張り出して読み始めたし、こちらもパズルゲームのかたわらにながら見だ。
 そうでもしないと怒りの行き場がなかった。サブスクだからまあいいが、仮にブルーレイで観ていようもんなら今頃フリスビーにしている。
 なお私のド怒りポイントは、主人公が素で金の価値をナメていたところだ。同額を稼ぐことのできない人間にお金なんか≠ニか言う資格はないのである。
 最終的に、これなら俺の方がましなものを作れる…だなんて、彼の小学生のような言動を聞けたことだけは収穫だった。この人は確かに作れるだけの技術を持っているからなおさらおもしろい。
 
「うわ」
「なんだ」
「悲しいことを知りました…これ、素人の小説投稿サイトの作品が原作です…」
 彼は横で絶句した。
 いや、素人の書いたものを全て否定するのは乱暴すぎる。作者がアマチュアでも面白い作品はたくさんある。しかしどうしても玉石混淆は否めないし、どうあがいても今回のはカスだ。
 一応中高生にはかなり人気があるらしい。しかしながらこの出来栄えを見てから原作を読み比べるほど私はマゾではないので、大人しくお気に入りからはずすに留めた。
 エンディングテーマの、くだんのアイドルが歌うシンプルにへたくそなバラードがいやに耳に残る。
 実にむなしい時間だった。
 
「今夜はゆっくりドラマを観るつもりだったのに、とんだ外れ引いちゃったな…口直しがほしいですね」
「それなら、時間を無駄にした責任をとって俺に付き合え」
 ひねた言い方をしているが、後半あたりではもう画面を見ずに自分の携帯で何か調べていたようだから、次に見せるものでも見繕っていたんだろう。彼は無言で検索画面を呼び出し、キーワードを打ち込み始めた。
 ほどなくして、陽気な音楽と一緒にオープニングが始まる。
「へえ、実写のヒーローもの…大人数のやつですか」
 いろいろな古今のヒーローが集結して戦うシリーズものは、私ではほぼ選ばないチョイスだ。
 彼が言うには、こうした連作は物語が大掛かりになるにつれ、観た前提になる作品が多くなる。その結果、新規のファンが入り込みにくくなってしまう欠点があるのだとか…つまり私を新規に引っ張り込もうというわけか。
 いいじゃないか。人の趣味のプレゼンを聞くのは、あのまま三流ソープオペラを流しておくよりよほど意義がある。
「好きなんですね、こういうの」
「…好きと言うほどじゃない」
 好きなんですねと重ねかけたが、やめた。めんどうになるだけだ。
(それにしても、やっぱりこないだのは見間違いじゃなかったのか…)
 今思い出してもどんな状況だったのかはわからないが、ある日机に投げ出されていた…たぶんなんらかの資料写真と思わしき数枚に、妙なやつが一枚混ざっていたのだ。
 カートゥーン番組の実写ヒーローと、いつものように真顔のカーマインさんのツーショット。
 うっかり三度見したからまちがいはないはずだ。
 私はあくまでも囲われ者であるから、むこうから振ってこない限り、男どもの仕事の話をあれこれ詮索しないようにしている。よけいなことをしないとは、往々にしてやたらに動くより価値があるものだ。
 だがあの時は別だ。絵面が異様すぎてものすごく聞きたかったが鉄の意志で写真に触れず、話題にも出さずにこらえ切った。我ながらえらいと思う。
 そうしたら今度は新たな謎が生まれてしまった。
(それにしても、実写ヒーローのイベント行ったの? え、一人で? 仕事で行ったのは間違いないけどどういう仕事だったの?)
 まさかレッド製薬がおもちゃ会社にでも転身するわけではあるまい。
 
 テレビ画面を縦横に飛び回るヒーローのさわやかな笑顔を見ながら、私は頑張ってよけいな情報を頭から追い出しにかかった。