シンプルな照明を受けて宝石のように輝くテリーヌを一口含む。
 淡く繊細な味わいと、気持ちのいい食感。さすが最高級店というほかなく、もしここに自腹でひとりで訪れていたら、今頃私は大いにゴキゲンであったに違いない。
 
「気に入ったかな」
「ええ、とても」
 しかるに、目の前で同じものを食べているのにおもしろくもおかしくもなさそうな顔のこの男はどうにかならないのだろうか。やたらデカいし格好も派手なのでいやでも目に飛び込んでくる。
 気詰まりだし多少の不満こそあれ、今の私は彼に食事をおごられている身分だ。何も言わずに鶏胸肉のテリーヌを飲み込んだ。本当においしい。ひとりで来たい。
 彼の名はカーマインという。
 我らがレッド製薬はマゼンタ社長の秘書である彼が、何を思ってたかがいち社員をこんな店に呼び出したのか。まだ理由は知らされていないが、まるで全身を舐め回すような…完全に値踏みの目。これはおそらくろくでもないことだ。
 突然の高級レストランへのお誘いだが、こんな目つきを見て、すわ愛の告白かと浮かれるほど私はアホでも若くもない。
「こちらにはよく来られるんですか」
「最近はよく使っている」
 この胸騒ぎには理由がある。
 私が少しばかり小耳に挟んだ噂によれば、最近のカーマインさんはあちこちで女子社員にお誘いをかけているが、これは水面下でヤバい仕事の人員でも物色しているのでは…ということだ。声のかかった女は立場の高低を問わず、いずれも口が堅いタイプばかり。社内でも話を漏らすような真似はしていないようだが、人の口に戸は立てられぬとはよくいったものだ。
 それにしても、まさか自分にお声がかかるとは。
 コンソメスープの最後の一口を味わいながらそんなことを考える。息を逃がすことすら惜しくなる極上の味。さすが、完璧の名前は伊達ではない。
 馨しいコンソメの香りに背中を押されるように、私はひとつ息をついた。
 
「それで、カーマインさん。そろそろ教えてくれてもいいんじゃありませんか? どうしてまたいきなり、私にこんなお誘いを」
「君の人柄とプライベートに興味があると言ったら?」
「質問に質問を返すなんてお行儀が悪いですよ」
「行儀が良さそうなナリに見えるか」
 さすがにこれには声を上げて笑ってしまった。
「ふっ…ははは! ぜんぜん見えません」
 申し訳ないがずっと思っていた。カーマインさんにせよマゼンタ社長にせよ、それなりの立場の人であるからこんなことを言うのはたいへん失礼、なのだけど、伝統と格式を尊ぶ高級店は完全にそぐわない。
 私は言葉を選びながらそう伝えた。
 二者ともこういう敷居の高いお店より、たとえばもっと下品にギラギラした高級なナイトクラブで、脚を組んでウイスキーでも舐めているほうがずっとお似合いだ。いや、この場合の品がないは褒め言葉である。
 
 怒られるかと思えば、彼は色眼鏡のむこうからじっとこちらを見つめ返し、やがてふっと笑みを返してきた。
「ああ、なるほど…君、いや」
「え」
 今までとは違うのだと言わんばかり、ひどく獰猛な眼差しで。
 
「お前なら、やっと話を進められそうだ」
 
 さっきまで多少なごんでいたはずの空気が一変。私はなんだか、がっちりと足を掴まれたような心地になったのである。
 どう考えてもヤバいやつでしょこれ。