真っ白なシーツがはたはたと翻る。
ちょっと泥汚れはついていたが、新品なんて何年ぶりだろう。私はちゃんとした品物をお金を出して買ったことさえない。物心ついた時にはもう人造人間に世界中がめちゃくちゃにされていて、物資の流通さえ途絶えはじめていた。
そこから先はもう泥沼だった。人造人間が人を殺し、狂乱状態の人が人を殺し、逃げ出した先で天災や野生動物に殺される。
人の社会とはこんなにももろいものだったのかと、誰かが嘆いた。
それでも生きていれば夜が明けて、お腹が空く。体力を回復させれば戦いに行くこともできる。
まだ戦う人が残っているなら、私達が勝手に諦めてその足を折るわけにはいかないのだ。
今日はせっかくいいものを掘り出したのだから、食事もこの間手に入れたとっておきの缶詰にしようか。そうきびすを返そうとしたとき、聞き慣れた声が背後から私の名を呼んだ。
「悟飯さん」
いつの間にと思ったが、彼が少し気配を潜めれば私に感知できるはずもない。
「やあ、どうしたんだいこのシーツ」
「さっき見つけたんですよ。ちょっと洗う必要はあったけど、見てください、二人分も」
「製布工場だってもうどこも動いていないからな、俺も真っ白な布なんて久し振りに見たよ」
ちょっと前なら洗濯物なんて、人間の痕跡を知らせるようなものを屋外に置いてはおけなかったが、最近はこの近辺も治安が良くなった。少しは安心できる。
彼らがどこから来たのか、どういう経緯があるのか、何をどこまで知っているのか。私は何も聞いたことはないが、言えることはひとつだけある。
(悟飯さんやトランクスが来てくれてよかった)
今日は二人とも清潔なシーツでぐっすり眠ってもらえるだろう。
そう思っていたら、風にはためくシーツと、その向こうの遠い空を見透かすようにじっと視線を動かさずにいた悟飯さんの目から、一筋涙がこぼれるのが見えた。
「あ」
悟飯さんは少しばつの悪そうな顔をして、それから無理矢理少し笑う。
いつものように。
向こう傷の刻まれた目元から頬をたどって落ちた涙は、コンクリートに小さな痕を作ってすぐに消えた。
「はは…いや、みっともないとこ見せちゃったな」
「そんなことないですよ!」
思わず語気が強まった。
あんなに強い、化け物のような人造人間と戦えるくらい強い人が泣くようなことだ。
どうしてそれがみっともないものか。
ああ、もどかしい。どう言ったらいいんだ。戦士でないことを悔やんだのは初めてだ。
私まで泣きそうになっていると、悟飯さんはさっき不意にこぼれた涙のように、ぽつりと小さく呟いた。
「……ピッコロさんって人がいてね」
「え」
「俺に、戦い方を教えてくれた師匠だった。その人は、いつもあのシーツみたいに真っ白なマントを着てたんだ」
「…はい」
「本当に厳しい人でね、はは、最初なんてひどかったんだよ、まだまだ小さかった俺をいきなり荒野に放り出して。でも少しずつ話していくと、思っていたような血も涙もない人じゃないんだってわかった」
「はい」
「……もう一度、怒鳴りつけて叱ってほしくなっちゃって」
ほら、やっぱり。
そんなに大事な人の思い出が、みっともないわけないじゃないか。
もう泣くことはせず、ぽつぽつと昔のことを話す悟飯さんの声を、私は相槌を打ちながらずっと聞いていた。
悔やんでも。やり切れなくても。取り戻すことなどできなくても。
今日も空は残酷なほど明るい。
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