その人と初めて会ったのは、竜崎の捜査本部に移ってから二日後のことだった。
「竜崎、ケーキをお持ちしましたが…どこに置いたらいいでしょう」
いつものワタリさんとは全く違う、高いけれど落ち着いた女声。
振り返ると、長く艶のある黒髪をアップにまとめた女の人が、フルーツタルトの乗った皿を片手に立っていた。
ミサや高田さんのように目立ってかわいいとか美人とかいうタイプじゃないが、職業柄なのかとても清潔感のある落ち着いた佇まいの人だ。顔立ちも一般的には美人の分類に入るだろうし。
途方に暮れたように首を傾げていなければ、僕でも見惚れるくらいはしたかもしれない。
というのも本部内の机は資料で埋め尽くされていて新しく物を置くスペースなんてなかったからだけど、竜崎は委細構わずに調べ終わった資料の山を無造作に横にどけたり積み上げたりして、どうにか皿が一枚入るくらいのスペースを確保した。おい、無理するなよ。紙雪崩が起きるぞ。
「月君、誰だという顔をしていますね」
「え…ああ。こういう場所に女の人がいるなんて珍しいと思って」
「では、一応紹介しておきますか。彼女は私専属のパティシエです。普段は調理場にいますが、ワタリの手が空かない時には彼女が給仕をします」
竜崎の言葉に次いで彼女は深く頭を下げ、名前を名乗った。しかしさすがに驚くというより呆れたな。いくら竜崎でも、まさか専属のパティシエまでいるとは思わなかった。
それにしても、名字も名前もあまり聞かない響きだ。偽名なんだろうか。
「よろしくお願いします…僕は、」
掛けられた挨拶に軽く会釈を返してこっちも名乗ろうとすると、竜崎が余計な茶々を入れた。
「こちらは前にも言いましたが、夜神月君です。捜査協力者兼キラ事件の容疑者ですから、どんな手管で頼まれても本名は教えないように」
「はい」
やっぱり偽名か。いや、何素直に返事をしてるんだこの人。
「…誰もL専属のパティシエを殺そうなんて考えないよ」
「わかってます、彼女を殺してもメリットはありませんからね。ですが念には念を入れて」
「そもそも僕はキラじゃないんだから、念の為もなにもないだろう」
そんな会話をしている間に、当人はいつのまにかどこかに消えていた。ワタリさん以上に気配の薄い人だ。
と思っていたら。
「よろしかったら、これをどうぞ」
数分経つと、竜崎に出したものと同じフルーツタルトと紅茶を持って戻ってきた。
「いいんですか?」
「ええ。私としてもお出しするのが竜崎だけでは物足りないんで、お嫌いでなかったら」
「…いただきます」
改めて見ると、粧裕あたりなら歓声を上げそうなほど瑞々しくて色鮮やかなタルトだ。
銀のフォークで口に運ぶと、大粒のラズベリーの果汁が口内に行き渡る。
甘い。
ただ、決して不愉快な甘さじゃなかった。