ある夜、私はごく唐突に竜崎から呼び出しを食らった。
「竜崎、一体なんの「話しているヒマはありません、指示はその場で出しますからすぐに来てください。ああ、着替えなくて構いませんから」
そんなこと言われても。
とりあえず髪を纏めていた帽子だけを取って言われた場所に向かうと、そこにはすでに竜崎と月君が待っていた。
なんのつもりか、救急隊員の格好で。
「あの、私はなにを?」
「ドジを踏んだ松田を今から救出に行く手筈なんですが、どうにも人手が足りません」
「は、はい」
「ですから、あなたにはこれを運転してもらいます」
竜崎が示す先には、先ほどからサイレンも鳴らさずランプも光らせないまま静かに鎮座している独特の車両が一台。
いわゆる、救急車。
「…は!?」
私の叫びにはまるきり構わず、竜崎は早口で矢継ぎ早に指示を下していった。
「その格好のままでいいですから、上からこれを着てこのヘルメットを被ってください。準備が出来次第ミサさんのマンションまで出発しますが、少しの間人気のない場所に駐車を「ちょっと待ってください竜崎!」
いつもなら人の言葉を遮るなんて失礼な真似はしないのだが…いや、これはいくらなんでも。
「あの…私、こんなの運転したことないんですけど」
「でしょうね」
「一応車の免許は持ってますけどオートマ限定ですし、しかも最近自分で運転してませんからどうなることか…」
そこまで聞いた竜崎は、ごく当然のようにひっくり返りそうなことを言ってくださった。
「この場ではあなたしかいないんですよ。夜神くんはそもそも免許を持っていませんし、私に至っては今まで自分で運転しようと思ったことすらありません。どこをどうすればどうなるかはわかりますが、まったくの無免許よりはまだあなたの方がましだと夜神くんが」
「………。」
絶句している隙に救急隊員の制服を無理矢理押しつけると、竜崎は有無を言わせず私を運転席に押し込めた。
「いいですか、事態は一刻を争います。あれこれ文句をつけて時間を取っては松田のバカが殺されてしまうかもしれません。それにこれはオートマです、免許さえ持っているならいくらあなたでも大丈夫でしょう。
 さあ急いでください」
「…はい」
負けた。
   
着てみるとどこでサイズを計ったのか、調理服の上から着て丁度いいくらいのジャストサイズ。手早に上着を羽織って頭にヘルメットを乗せたところで、いきなり後ろから声がかかった。
「貴女もLに無理を言われた口ですか」
「うわあ!?」
仰天して振り返ると、白いシャツに黒髪のカツラ(適当に被ったのか地毛が見えている)の男が一人、苦り切ったような表情で後部座席からこちらをのぞき込んでいる。
「あの、ど、どちら様でしょうか」
「ああ、これはどうも。俺は竜崎に捜査協力を頼まれた一人で、アイバーと言います。どうぞよろしく」
そういえば、相沢さんも離脱してしまったことだし人を増やすとか言っていたような。
こちらも名前と職業を明かすと、アイバーさんはにっこり笑って手を差し出してきた。
「探偵専属のパティシエですか…それは素敵だ、まるでミステリー小説ですね。かくいう俺はこの状況上死体役ですが、本業は詐欺師でして」
「詐欺、師?」
ということは犯罪者?
竜崎には犯罪者にもコネがあると聞いたが、まさか直接顔を合わせて捜査するとは思っていなかった。まあなににしても、竜崎が使うからには相当の腕利きなんだろうけれど…それなのに…
「いいんですか死体役で」
「よくはありません。決してよくはないんですが、作戦として止むを得ないものですから」
「…でしょうね。私もです」
   
そこまで人手がないのかと畑違いにも危惧していると、相変わらず唐突に竜崎の声が割り込んできた。
「その通りです。作戦上仕方がありません」
運転席の窓から顔を出して、こちらも不満げな顔を隠しもしていない。
「L、もう出発ですか」
「アイバー、ここでは竜崎と。
 ええ、そろそろ出てミサさんのマンションの近くに潜伏することにしましょう。場にはウエディも配置済みですし。…では、出してください」
「了解しました」
会話の中にまた聞かない名前が出てきたが、なにか必要があればこの雇用主かワタリさんがその都度紹介してくれるのだろう。基本的に雇用主に無用な言及はしないと決めているため、私はおとなしく鍵を差し込みエンジンをかけた。
…運転は久し振りだが、大丈夫そうだ。
「あ、待ってください。言うことがありました」
「え、はい」
「いいですか、皆さんや私がこんな不本意な変装を強いられているのは、紛れもなく松田のせいです。彼が勝手な真似さえしなければこんなことにはなりませんでした」
「おい竜崎、それは言い過「ですから」
そのあと竜崎が続けた言葉に、場の全員はそんな場合ではないと知りつつも揃って吹き出しかけてしまった。
   
「ですからなんとしても松田のバカを生かしたまま救出して、みんなで泣くまで叱ってやることにしましょうか」
   
   
   
それからの顛末は、皆さんもおおかた知っての通り。松田さんは無傷で生還を果たした。
とはいえ、夜神さんには大目玉を食らい竜崎にはあれこれ嫌味を言われ、挙げ句アイバーさんにまでなにやらからかわれて泣きそうな顔をしていたようだが。
当然私は慰めてあげなかった。
   
存分にへこんでほしいものだ。捜査人員の面々のみならず、私までを思いきり心配させたのだから。