「キラというのはどんな人間だと思いますか」
「また来るなりなにを言い出すんですか、アイバーさん」
   
楽しいかどうかはいまいちわからないが、この詐欺師は最近時間が空くと私のところへ来るようになった。
勿論手の塞がっているときに喋りかけてくるようなことはないし、それにまさかL直属のパティシエなんて詐欺にかけたって、大して…というよりひとつも得がないのだから、別段拒む理由もなく毎度素直に話し相手をしていたりする。しかも今日に至っては(竜崎に出した余りもので申し訳ないが)キルシュトルテとお茶つきだ。
この人と話すのは、嫌いじゃない。
「嫌なら答える必要はありませんよ。ただ、俺があなたに是非これを聞いてみたいだけです」
「畑が違うんじゃないですか? 私は心理学者でも探偵でもまして詐欺師でもありませんよ。プロファイリングはあなたやLの専門でしょう」
たまに少し当てこすってみたりするが、彼は余裕げに笑って交わすだけだ。
「職業は関係ありませんよ。重要なのは人格だ。
 今回の事件に携わるに当たって、俺は俺なりにキラ事件を一通り調べてみたんですがね…どうにも、神を気取った幼稚な世直しまがいといった印象が拭いきれない。こんな真似までして人の動向を変えてみたところで、性根のほうはそうそう変わるものじゃないというのに」
「まあ、そうでしょうね」
その位は私にだってわかることだ。今は死を武器にして上から押さえつけていられても、いざキラがいなくなった後はどうなるか解ったものじゃない。実際キラによる裁きが止んでいた期間は、ここぞとばかり犯罪率が跳ね上がったのだから。
犯罪者を肯定するようなことはできるかぎり言いたくないが、人間の中には大なり小なり悪意の衝動がある。誰だって必ず少しは持ち合わせているものだ。
人の心は力ずくでは変えられない。あって当たり前のものを無理矢理なくそうとすれば、どこかに綻びができる。
「キラは、…それを分かったうえでなおこんなことをやってるんでしょうか。自分の物差しだけで物事を測り続けて、自分の邪魔をするものを皆殺しにして、本当に神様にでもなりたいんでしょうかね」
「そこまでは俺にもわかりませんよ。ただ…分かろうとしていないのではなく、そもそも分かってすらいないのだとすれば、キラほど哀れなものもいないかもしれません」
「そんなこと聞かれたら二人して殺されますよ?」
「なに、あなたと心中なら悪くない。…キラに死に方を選ばせてやるとでも言われたら、提案してみましょう」
「よしてください、縁起でもない」
いつだったかLは、キラは裕福な子供…高慢なほど純粋かつ幼稚で、稀に見るほどの負けず嫌い(自分によく似ている)と言った。
こういうことを話していて、よもやキラの耳にでも入ったら二人とも命はないんじゃなかろうか。キラは殺人者であって超能力者ではないようだけど、直接手を下さずに人を殺せるようなやつなんて、こんなところで交わされた一会話を知ることができても納得してしまう。
   
それこそ人知を越えた存在…神のように。
   
「神、か…」
「どうかしましたか?」
「一応キラ捜査に関わりのある私が言うのはよくないと分かってますけど…
 キラがもし職業として人を殺していたら、私はまた違った反応をしたと思うんです」
少し解りにくい言い方かと一瞬考えたが、そこはさすがに会話を生業とする詐欺師だけのことはある。すぐさま私の意図するところを察して代弁してくれた。
「それはつまり…自分の利害を抜きに上から裁きを下すような立場ではなくて、あくまで一介の人間として存在して欲しかったと?」
「あ、そうそう、そういう意味です!」
神を気取って何も言わず何も聞かないまま裁きを下すなど、加害者も被害者もまとめて見下しているようで…手っとり早く言えば、傲慢に過ぎる。
「人間の恨みごとに人知を越えたものが乱入してくるなんて、お門違いもいいところじゃないですか。少しでも被害者…その場合は依頼人ですか…と話をして、多少でも報酬を受け取って、言葉はおかしいんですけど『正義の殺し屋』として世に出てきていたら、それでも今ほどキラを否定しなかったはずです。
 …って、ほんとにこれは言っちゃいけないことでしたね。くれぐれも竜崎に言わないでくださいよ?」
「わかってますよ」
と、彼は素直に頷いた。いったいなにがそんなに面白かったのか、楽しげに喉の奥でくつくつと笑いながら。
「なんですか」
「いや…あなたは本当に話していて楽しい人だ。なにせ普通よりものの見方が一回転半ほどひねくれ「だからそれはどういう意味ですかアイバーさん」
「ああ、いや…失礼…」
まだ笑うか。
まああの希代の変人に雇われて随分経つのだし、多少考えかたがおかしいと言われたところで不思議はないのだけど。
「でも私、竜崎よりはよっぽどまともですよ?」
「それは比較対象がおかしいんですよ」
そう言われてしまうと返す言葉がない。
   
「そうだ。失礼の詫びと言ってはなんですが、キラ事件が終わったら、どこかで食事でも御馳走させてくれませんか」
「アイバーさん、それ死亡フラグです」