今日でハロウィーンも終わるというこの日は、私が常とは違う仕事を心に決める一日だ。
   
私は今をさること数年前、L…もとい竜崎の専属パティシエとして、個人の生活ごと腕を買われた身である。ことここに至るまでには色々と紆余曲折もあったのだけれど…まあ、それはまた別の話。
ともかく私は竜崎について行き、言われるまま彼の好きなときに好きなだけのお菓子を提供するのが仕事だ。彼が食べたいと言うのなら夜中だろうが早朝だろうがたとえ外出中であったところで、すぐさま戻って作り上げることを義務付けられている。とはいえ多額の給与とそこそこいい生活が保障されているためそれ以外の仕事は今のところしなくて済んでいて、さらには休みだってもらえる。待遇についての文句はない。世界中のホテルを飛び回る生活もほとんど苦にはならなくなった。
世界最高峰の探偵の血糖値のことは少し気に掛かるが、余計な詮索も趣味ではない。大方そこらへんはワタリさんが気を配っているだろうし。
故に、私にはこの日までにたっぷりと考える時間がある。
竜崎に雇われて数年経つが、いつからかこの日は一際技巧を凝らしたケーキを提供するようになっていた。もちろんいつもは手を抜いているとかそういうことじゃないが、今日に限っては特別なのだ。
なぜって、10月31日は彼の誕生日だそうだから。
   
竜崎のプライベートにはできる限り首を突っ込まないよう釘を刺されているが(元より私もそのつもりだが)、雇い主の誕生日を祝うぐらいは構わないようだ。文句を言われたためしはない。
最初に誕生祝いを届けたときは少し緊張したものだが、何にでもやたら細かくて偏屈な竜崎にしては拍子抜けするほどあっさりと受け取って、スポンジケーキの一欠片も残さず食べつくしてくれた。かなり嬉しかった。
本当は何か言いたかったけれど、味に免じて言わずに済ませてくれたという可能性もあるが、まあそれはそれでなおさら嬉しい。
(時期が時期だし、なんなら捜査本部の皆さんに振る舞うのもいいかも知れないわね)
人嫌いに見える竜崎がこんな大勢の人間と行動を共にしている状況は、私の知る限りまったくない。まして友達などと称したのは、本当に月君が始めてのようだし。
できることなら、彼らにも一緒に祝ってほしい。
(…でも、ひょっとしたら皆さんに誕生日を知らせるのもまずいかしら? 個人的なデータはあまり世に出さないほうがいいだろうし…)
まあそこは直接聞いてみよう。もしもだめなら、少し寂しいけれど後で自室に届ければいい。
   
さて、今日はハロウィーン最後の日だ。せっかくなので黒をベースにしようと決めていた。それも前作ったときに竜崎がいたくお気に召した大きなザッハトルテ。
杏のジャムを染み込ませたスポンジとクリームはもう作ってあるので、あとは仕上げにかかるだけだ。網状の台に乗せたザッハ生地に一気にチョコレートを流し掛け、パレットナイフで表面を撫でるように整える。やりすぎると滑らかな光沢が出ない上に表面がごつごつしてしまうため、手際が寸分も狂わないよう細心の注意を払って。
チョコレートの扱いはいつになっても難しい。下手を打つとあっという間に固まってしまう。
扱いが厄介なところは、まるであの雇い主そのもののようだ。
「よし、」
止めていた息を吐き出す。…うまくいった。
見事にぴんとエッジの立った、艶やかで凛とした佇まいのザッハトルテ。本場ウィーンのホテル・ザッハではメダルチョコレート一つだけをアクセントにした、気品すら感じるほどシンプルなケーキだ。私も作るときは余計な装飾を一切入れないようにしている。ただ今回までそれでは少し寂しいので、今日に限っては少し飾りを施してみるつもりだが。
冷蔵庫を開けてパットを取り出すと、昨日のうちに作っておいた、コウモリとカボチャと星形のホワイトチョコレートの板が整然と並んでいる。子供じみたイメージにならないように気をつけながらジャムを使って慎重に表面に接着していくと、作った自分で言うのもなかなか面映いが、華やかながらも少しシックでいいデザインになった。
最後に、隅のほうにやはりホワイトチョコレートで作った小さな「L」のイニシャルをくっつけて、終了。今日の私の仕事は、これで終り。
捜査が一段落した時にでも、誕生日の件を聞きに行ってみよう。
   
「どうしました?」
「今日のケーキなんですけど、…日が日ですから皆さんにも振舞ってよろしいですか、竜崎。それともあなたのデータをみだりに人に話してはいけませんか?」
捜査本部内は無闇に広い。そのくせ人は少ないから、いつ来ても異様にがらんとした雰囲気がある。誕生日にくらいちょっとは賑やかになったっていいはずだ。勿論それが探偵としての仕事に差し支えるというなら無理には言えないが、私としてはこういうときを契機に少しこう、なんというか、他の人とも仲良くなってほしい。
傍に月君もいるので、事によってはあまり大声での会話はできないかとまで思ったが、竜崎はいともあっさりと承諾してくれた。
「かまいません。誕生日が割れたところでキラに殺されるわけではありません」
私の考えすぎだったようだ。
「じゃあ、皆さんにも言ってしまっていいんですね?」
「ええ」
「…わかりました」
   
   
事情を説明してケーキをお出しすると、皆さん一様にとても喜んでくださった…のだけど、竜崎。私が半日かけて作ったものをたった二口で完食はちょっとあんまりではないでしょうか。
なんだかそんな、ちょっとばかりおかんの気分を味わった一日だった。