の戦闘方法は大部分が我流である。
組内であれどうであれ、京にひしめく屈強な男どもに自身の貧相な腕力で渡り合える気はせず、わずかながらも秀でた器用さを伸ばすしか道はなかった。
かといって野蛮も極まる京都守護職の男達の中で、数少ない器用な者はよく使われるため、総じて忙しい。気が向けば斎藤が暇潰しに稽古をつけてはくれるが、普通の隊士は野良猫上がりの雑用ひとりに態々構うヒマはない。
ならばいっそ武術の心得はない方がよかろう。密偵として潜入任務を行う以上、弱すぎてもまずいが、あまりに訓練された動きはかえって相手を警戒させる。
 
…そのように己を納得させて十年ほど経った。
 
「アンタおもろい戦りかたするやんか」
「そうかな。まあ特定の人に教えを受けたわけじゃないし、珍しいって言えばそうかもね」
「ほー…やっぱり我流かいな。片手に銃で片手に小太刀、そないなん見たことあらへんしな。器用なモンや」
「ありがと。なんか便利さを追求したら、いつの間にか両利きになっちゃって」
は一先ず周囲をぐるりと見回し、聞き耳を立てて、場にそれ以上の兵が残っていないことを確認してから、あまり広さはない申し訳程度の庭の隅…建物にほど近い物置の陰に身を潜めた。
「残りまだおるんか」
「そんなにはいないよ。今朝の時点でほとんど別のとこに誘い出してあるから、こっちにいる残り兵力は約三十人。今やったのからしても、まあいて二十ってとこでしょ」
元十本刀・刀狩の張と組むようになって少し経つ。
明治政府の方針に不満を唱える元士族がテロルを起こすことはこのご時世さして珍しくないが、そのアジトにまさか元“てろりすと”を連れて赴くことになるとは。張は特に偏った思想を持たない人員だが、なかなか皮肉な巡り合わせではある。
彼の元上司が聞いたらなんと言うか。…志々雄真実なら大笑しそうだ。
「よっしゃ、久し振りに人斬り仕事や、楽しゅうなってきたで!」
「張くん、言っとくけど一人殺すごとに一円減俸ね」
「なんでや!」
仮にもアジトの警備を任されている以上、残ったのはそれなりの猛者であり…仮に、万が一“殺すしかないと現場で判断された場合”ならば認められていなくもなかったが、は敢えてそのあたりは口を噤んだ。
「なんでもなにも、警察は京都守護職の時代から捕縛が主なお仕事です」
「京都守護職て新撰組やろ。言うてあの連中そない立派なタマかいな。斬った敵より腹切った身内のが多うて、しかも最後は内ゲバが過ぎてバラバラなったやんけ」
「…よ、擁護の余地もないぐらいよく知ってるじゃない」
斎藤には阿呆阿呆と言われるものの、さすがに住まいが近いだけあって当時の事情にはそれなりに詳しいようだった。
敗者の背に美学を見るのは日本人特有の感性であるが、明治も十年を数えたいま、土方や沖田など…はっきり言えば美男子として有名な幹部たちの錦絵が、これまたたいへん美化されて売られている(余談であるが、一度斎藤がそれらを見て思い切り鼻で笑った)。
そうしたあきらかな美化もなかなか微妙な気分になるが、かといって内情をはっきり突っ込まれてもどう言えばいいかわからぬ。
 
は話題を逸らすように小太刀の脂を拭き取り、アジトの方へ視線をやった。
「まあその、あんまりやりすぎないでね」
「お、おう…?」
「第一この作戦、さっきも言ったけど隠密行動が“めいん”なんだから」
 
上海から流れてきた武器商人の頭を、元人斬り抜刀斎が鎮圧したとされたのは記憶に新しい。
本当は流れ者どころの話ではない。昔の恨みで最初から彼一人に狙いをつけての“人誅”事件…所轄の警官も近隣住民も知るものは知る事実であるが、抜刀斎を巡るさまざまに絡み合った事情を察すると、誰ともなくそれは“知らなかったこと”となった。
武器商人こと雪代縁は(書類上では)死亡。
その後どうなったかなどは知らぬが、大手の商人が消えた後、彼の尻馬に乗るかたちで儲けた武器の輸入業者が次々と摘発されている話は決して知らぬでは通せなかった。
まるで巨木を引き抜いたあとの土に他の木々の根が突き出すような、混乱の限りとなった土壌を今一度掘り返し、残りの根を抜いて回るのがここ最近の仕事である。
(本当にどいつもこいつも、弱肉強食だの人誅だの、事後処理がどれだけ面倒だと思ってんのよ)
目の前の屋敷…テロル本拠地の中から武器を購入した証拠を押収するのが今回の主目的である。裏帳簿でも手に入れば万々歳だ。
「テロル、なあ」
「ん?」
「ワイはまあ…あないなんやっとったけど、正直明治政府がどうこうっちゅうの、微妙にピンと来えへんねや」
「それっぽいね。張くんはなんていうか…政府のあり方より、志々雄真実の人柄が好きだったんだっけ?」
「せやで。志々雄様は派手で粋で、えらいワイの好みやったから、それだけや」
そない大がかりなことしてお国を変えたいっちゅうの、よう解らへんな。
一派の残党に聞かれたら助走を付けて殴られそうなことをしみじみとぼやいて、張はひときわ特徴的な逆立てた金髪を振った。
「あかん、こない言うたら地獄行った方治はんに呪われるわ」
は思わず吹き出した。
「…何笑ろとんねん」
「いや、だって」
盛大に傾いた身形に廃刀令違反のおまけもついた、しかも元“てろりすと”が死人の念を気にするとは。
意外にかわいいところもあるではないか。
「……そういえば、ついこないだ死んだ私の知り合いも少しの間夢枕に立ってたよ。好きだった紙巻き煙草お供えしたら出なくなったけど」
「止めえや! いくらワイがアホでも信じひんからな!」
「ちょっと張くん、ごめん、わかったから。今敵陣だから」
そういえば京都守護職の並みいる屈強な男達も迷信や幽霊を異様に怖がるたちであったと思い返し、君子怪力乱心を語らずはまったくその通りであるとは納得した。
「志々雄真実に、佐渡島方治…」
「あん?」
「いや、幽霊がどうのこうのはともかく、私はどんな人達だったのか書類上でしか知らないんだよね」
「せやろな、あんた下っ端やしな」
 
仕事が終わったら酒でも呑ませてやって、思い出話に聞いてみようか。
は張の背に蹴りを入れながら、ほんの気紛れにそう思った。