「よっしゃこれや、見つけたで、裏帳簿!」
「でかした張くん!」
廊下へ顔を出した派手な金髪に、はさっと手を挙げて応えた。
なんだかんだと言いつつ減俸は困るのだろう。事あるごとに人を斬らせろとせっつきながら、何とかぎりぎりで死人は出さずに抑えた。さすがに元十本刀、交戦を前提とした任務になればうまくやるものだ。
…その代わりに後ほどまで残りそうな後遺症持ちは数人いるが、これは誤差の範囲と思って諦めてもらうより他はない。
 
は潜入手段を幾通りか考えたのち、結局は建物にそれほど人数が揃っていなかったのをいいことに、潜んだ物置小屋に火を放って騒ぎを起こし、消火に出てきたところを急襲。実に単純な策に落ち着いた。
「こっちもう終わりやな?」
「うん、お疲れ。もういない」
我ながら隠密行動とはなんだったのかと思わぬでもない。
…ないが、試しに任せてみたところ、アジトに揃った用心棒達は日頃の鬱憤を全てここで晴らすと言わんばかりに張が大半を斬り伏せた。
(そもそも組み始めて間もないこの相棒は、一見してわかる通り隠密行動には向かず、いちいちこの派手ななりを隠そうとして行動に多大な制限が出るならいっそ全滅させた方が遥かに楽である)
殺人奇剣・薄刃乃太刀は使い手の技量次第で如何様にも攻撃手段の幅が広がる。
普段は腹に巻き付けてあるその薄く長い刃を中距離から飛ばし、相手がそちらへ気を取られる隙に、呼吸を合わせて斜め向こうからが銃弾を飛ばす。互いの苦手な間合いを補い合うこの戦法は、やってみればまこと意外なほどにぴたりと嵌まった。
彼らも弱くはなかったが、自分達の同業他社…ついこの間まで“てろりすと”の一味だった男が警察側について襲ってくるとはなかなかの悪夢だろう。
微妙に気の毒ではあるが同情の余地はない。
「帳簿ってこれね、まったく壷の中なんて古典的な場所に隠しちゃって。捕縛も済んだし後は適当に「おっ、こないなとこにええ刀あるやん。貰ろうとこ」
「…度が過ぎないようにしてね」
自分の仕事に支障が出るならともかく、火事場泥棒のひとつやふたつ、あまりうるさく言うつもりはない。
そもそも細かく指図されるのを嫌うこの男が、未だ(逃げぬように見張りを任された身だが)尻を蹴飛ばされながらも警察機構の密偵として残っているのは、この“お零れ”によるところが大きいのだろうとは思う。
戦いのあるところには刀があると、いつぞや張は言った。
その通り、今までは志々雄一派に属することで刀を見つけていたのが、ここでも同じように蒐集欲を満たしているに過ぎぬ。
(本当に、度が過ぎなきゃいいんだけど)
近辺では人誅事件にかき消されたような形になりつつも、志々雄の起こした災禍の炎は完全には収まっていない。本拠地は壊滅、十本刀も大半が明治政府に吸収される中、難を逃れて各地に散っていった一派の残党も多い。
ひっそりと地に伏し蜂起の機会を狙っているもの、流れ着いた先で怒りにまかせて内紛を起こすもの、その行動は様々ながら、これもまた志々雄真実という男の厄介極まる置き土産だった。
ゆえに、明治政府の中枢にはもちろん元十本刀に対する不信感を強く持つ者も多い。
自分達の怨敵を公然と罰することもできず、それどころか敵の中からも有用な人材を漁る身が不信もくそもあったものかと下っ端ですら思うのだが、その反面…他でもない自分の属する組織であるだけに、そこまでせねばならぬほど苦しい台所事情もよくわかる。
…余談であるが、人不足も極まって人斬り抜刀斎こと緋村剣心を政府の重鎮として迎えるだのそうでないだのと聞いたときには、はかなり本気でぞっとしたものだ。
何度か会ったことはあるが、剣の腕と人柄は申し分なくとも…いや、そういった男であればこそ、人を使うのはたいがい下手なものだ。あの男は他人が傷つく命令を下すくらいならば、鉄火場に出向いてみずから人を斬って、ぼろぼろになって帰る人物に相違あるまい。
結果、その行為のしわ寄せで剣突を食らうのはだいたいが自分のような中途半端な立ち位置の人間だ。御免被る。
閑話休題。
そのような次第で、相手に不信感を抱く明治政府と、最初から相手を利用する腹積もりの元十本刀。はその二者の関係性の見張りであり、時には間に入って緩衝材になることを言いつけられた。
あまりきつく叱りつけて反発されても困るが、見て見ぬ振りをしてばかりいれば政府側から嫌味を言われる。実に悩ましい立場である。
(斎藤さんも面倒なこと頼んでくれたわ)
明治のはじまりから今年で十一年。なにも始終べったりとくっついていたわけでもなく、互いに今までさまざまな土地へ配属されてきたが、それにしても珍しくが閉口するほどには厄介な案件を投げ渡して一人で蝦夷地とは。
上司は上司で思うところがあると解りつつも、投げられた方はたまったものではない。
 
「今回の目的の武器商人、横浜で密輸やってるってとこまではもう掴んでるの。今までは取引の証拠…この裏帳簿待ちだったから、ここからは早いよ」
「お、ええな横浜! 異人も多うて流行の最先端やろ、なんぞうまいもんあったら食いに行かへん?」
「まだ私達が任されるとは決まってないけど、それいいね。異人の居留区の町並み見た? 目新しくて綺麗なの」
「居留区は知らんけど、せやなあ、向こうのもんは珍しゅうてええわな、洋装とかな」
「うん、レースとかリボンとかすごくかわいいよね。今レースの半襟が流行ってるし、空き時間があったら買い物も楽しみだな」
「せやせや、志々雄様に呼ばれた時見てんけど、こう、レースの飾りついた“すかーと”がひらひらしとってお姉ちゃんの足がやな……あ、いや、なんでもあらへん」
「え?」
「あー…ホンマなんでもあらへんて」
明後日のほうへ視線を反らすのはこの男が何か誤魔化すときの癖だった。
「ほんとわかりやすい誤魔化し方するよね張くん。いまさら反政府活動のどうこうで処罰なんかしないから安心して言いなさいって」
「そうやないて、おなごには言えん話の方や」
「あ」
の勘がいらぬ方向に働いた。
女の身を活かして吉原で数度潜入任務に当たった時、なんとも目を引く洋館づくりの郭がありはしなかったか。なかなかに立派な店構えで、確か遊女もみな洋装の、郭の名は…
「…稲本楼か、金瓶楼…」
「あんたなんでそれ知っとんねん!」
「あっごめん」
思えばここは気付かなかったことにするべき場面であった。
新撰組時代から郭に潜り込む仕事は多々ある。というより、ありすぎて逆にこちらが“でりかしー”に欠けてしまう程度には日常だった。
そういえば御一新前の京の町、花の島原遊郭で任務に当たった時、顔見知りの隊士と鉢合わせてひどく気まずい顔をさせてしまったことがある。男に男をぶちまけたかのような男社会で仕事をしている分こちらは耐性があっても、相手側からすればできる限り女には踏み込まれたくない“でりけえと”な領域だろう。
自分が気にしなければそれで済むと言うものではあるまい。
は改めて浅慮を反省した。
「まあ知っとんのやったらええか、それやそれ。あそこめっちゃおもろいで。地元難波新地も賑やかでええとこやねんけどなあ、おなごの質は悔しいけど東や。関東モンは良うも悪うも上品やしな。あとなあ…」
「私が反省した意味はどこに」
「あん?」
「いや、いい」
…彼が気にしていないのならばそれでよかろう。