「いいですねえ、図書館から始まる恋…ヌルフフフ、青春ですねえ」
「どちら様ですか」
不審者丸出しの男…いや…おと…こ…どころか人間離れしてるような気もするが、謎の黄色い存在は俺の視線をものともせず、やたら嬉しそうだった。
比喩表現じゃない、本当に黄色い。しかも体毛らしきものが不自然なほど見当たらないつるりとした表皮で…かろうじて人間の顔のパーツは全部確認できたが、頭にはヅラと呼ぶことすらおこがましい作り物感満載の黒髪が乗っている。顔と合わせると警戒色になってすごく目立つ。
一応スーツに革靴で、服装だけならまあ普通に見え…ないこともない。しかし肌の色とかはもうこの際いいとして、袖と裾からのぞく手足が…なんか、あれ本当に手足か? 正直エロ漫画御用達の触手に見える。
地球侵略に来た宇宙人でももうちょっと擬態に気を使うんじゃないか。
「ああ、これは失礼しました。私怪しいものではありません」
怪しくないなら初対面の人間を捕まえて植え込みに引きずり込む必要もないだろ。
「状況に言葉を合わせる努力ぐらいしてくださいよ」
「い、言うことはもっともですが、思ったより辛辣ですね…なるほど、狭間さんにお似合いな気がしてきました」
「えっ!」
本当に何なんだあんた。
「自己紹介が遅れまして。私はころ…」
「ころ?」
「……こァ、ろァ、すま、です! 烏丸唯臣です、椚ヶ丘学園中等部で狭間さんの担任をしています!」
「ちょっ、今の発音」
「何かおかしかったですか?」
おかしいの塊じゃないか、視線を逸らして口笛吹くな。目線わかりにくいけど。
「ええー…た、担任の先生…なんですか。からす、ま…先生?」
「そうなんです、驚きました。周囲の人間関係を観察こそすれ、本人は浮いた話がない狭間さんが、まさか他校の生徒に片思いされ「でかい声で言わないでくださいよ!」
とっくにバレてると思うけどまだ言う気ないんだよ!
「それで…それだけじゃないでしょう。何のご用件ですか」
大人っぽいから今まで知らなかった。同じ椚ヶ丘でも高校だと思ったら中学生だったらしい。
それにしても、担任の先生がわざわざ何しに来たんだ。いくら進学校でも中三にもなって男女交際なんて注意するほど珍しくもないし、今なんて小学生も彼氏だ彼女だ言ってるし。
まさか出歯亀根性でもないと思うが、だからって図書館でほんのちょっと話すだけの人間が彼女の成績や素行に関わってるわけでもないのに。
「何と言われると困るんですが…先生卒業までに生徒全員分の実録恋バナ短編集を作るつもりなんで、ちょっと取材です」
「出したらプライバシーの侵害で訴えられるんじゃないですかね」
見事なまでに出歯亀根性の塊だった。
「いいじゃないですか、好きなんでしょ?」
「そりゃなんとも思ってなかったら、接点もない女子にわざわざ声かけたりしませんよ…そのへんは認めますけど、告白はもうちょっと…そうだな」
今が中三なら、少しずつ仲良くなれれば…
「あの子が高一に上がったあたりが区切りかなって」
「え?」
「え?」
なんで慌てる。
しかもその、見間違えてないと思うけど…顔色がおかしい。表情とかじゃなくて言葉通りに色が変わってる。顔全体がより黄色くなる人なんて始めて見た。
どこで人体実験受けたらこんな顔になるんだ。
「こ、困ります! せめてもうちょっと早くしましょうよ!」
「なんで! ちょ、縋りつかないで、離してください制服がシワになる」
「それじゃタイムリミットが!」
「知りませんよそっちの都合まで」
つまりあれか。自分が担任でいるうちに件の恋バナを完成させたいのか。まあ後からじゃカッコはつかないだろうけど迷惑すぎる。
 
「そんなこと言わずに…初めて話した女子にランボーの詩の引用ブッ込めた根性があればいけますって「なんであんたそれ知ってんだ!」
つい敬語が飛んだけどこれもう仕方ねえだろ!
 
「後々と言わずもう今からじわじわ後悔し始めてる俺の生傷フルでえぐっといて頼みごとできると思うなよ! もう絶対今年中は告白しねえ!」
「あっちょっと待って、違うんですって、いいと思うんですってば」
ぶん殴るぞゲス教師。
ケンカしたことないけど。
もう図書館に入ろうと歩き出した俺の腕をがしっと(いやオノマトペ的には「にゅるっと」か)掴んで止めながら、カラスマ先生とやらは必死に言い募った。
「冷静に聞いてくださいよ」
「そんな冷静でいられるんなら黒歴史って呼ばない」
「そう言わず…あのぐらいの年頃の女子が相手なら、普通はもうちょっと軽い会話を仕掛けますよね」
悪かったな。
「ですが君はその普通をよしとせず、自分で観察して考えて、海外文学好きの彼女に相応しいと思う切り出しを実行した…結果、狭間さんは地獄の季節という一編を知っていました。世間的に見てどうあれ、それはいいことです。恥ずかしいわけではありません。
 人の特性に合わせてアプローチを変えるとは、口で言うほど簡単ではないんですから」
「急に先生みたいなことを…」
「え…さっきから教師だって言ってますけど」
うまく宥められた気もしなくはないし、まだ腹は立つけど、まあ…少しは治まった。
「ったく……でもなんで、そこまでして実録小説書きたいんですか。言っちゃなんだけど誰も喜ばない企画ですよそんなの」
「にゅや! せ、先生は書きたいんですもん…クラス皆の青春を応援したいんですもん…」
何がもんだ、あんた成人男性だろ。
人かどうかは怪しいけど教師やれてるってことは二十歳越えた大人だろ。子供の前なんだから態度をわきまえろ。
「しかも他所の高校の男子とですよ、格好のネタ…いや構図…じゃなくて」
「もう取り繕う必要ないでしょ、ネタでいいですよ」
「そ、そうだ、協力してくれるなら見返りを」
「ゲスすぎませんかね」
「え! 別に衣類盗んできてあげるとか、携帯番号やラインIDあげるなんて言ってませんよ、狭間さんともっと気軽に話ができるように私の全力を挙げて協りょ「こんな清々しいほどの余計なお世話始めて聞いたわ!」
つまりなにがなんでも首を突っ込みたいんだなこのろくでもない大人は。
いや見返りって言葉で最初に出てくる内容が対象の持ち物取ってきてあげるって。普通に引く。なかなか洒落にならないレベルのゲス発想だぞ、先生としてダメだろ。
「普通に独力でなんとかしますから」
「君の手入れもしてあげるのに…」
何の?
「とにかく俺のことはもうほっといてください! いいですか、俺はまだ告白する気ないですからね!」
 
「あっ」
「えっ」
 
暑い盛りの真夏に汗が一筋背筋を伝うような、または有毒生物が自分の首筋にその牙を剥いているような。なんとも言えない嫌な気配。
「へえ、楽しそうな話だね? お兄さん」
一瞬、空気が凝ったと感じた。
カラスマ先生とやらが動きを止めたその目線の先…ばっと振り向いた俺の真後ろに、不思議と雰囲気のある男子が立っている。
その辺を歩いてたら普通に女子に注目されそうな端正な顔立ちをしているが、茶色を通り越して赤い髪と、何よりその可愛い顔にいかにも似合わない悪意満載の笑み…思わず身を震わせるよりも早く、「それ」は一瞬で人懐こいものへ移り変わった。
俺はこんな男子は知らない。面識という本来の意味でも、また人間の種類でも。
「誰だ君」
「あ、突然ごめんねー? 俺そっちの人に用があって」
「立ち聞きなんて趣味が悪いですよ、カルマ君」
あんたがそれ言うの?
「だってあんな大声でぎゃーぎゃー言ってればさ、隠れても見つかるよ。特にうちはみんな耳いいし」
それをしおに、カルマ君とやらは先生と何やら話しているので少し離れておいた。聞こえる範囲では休み中の夏季合宿がどうのこうの言っているが、まあ椚ヶ丘は名門だしそういうのもあるんだろう。しかも沖縄リゾートだと? いいなあ。
 
っていうかコイツ、このカラスマ先生とやらのクラスか。
……つまり同クラ。
いや別に同じ学校にも同じクラスにも男子なんて山ほどいるし、当たり前だし。ちょっと顔がいいからってそんなこと一々気にしてたらキリないし…。
……みんなで沖縄リゾート。
まずい、考えるほどさっきの協力とやらに縋りたくなってきた自分がいる。
 
 
 
 
 
"それで、さっきの一部を録音したこの音源だけど、どんくらいの誠意で差し止めにできると思う?"
"にゅや…! そ、それだけは!"
"まあ、あのお兄さんのプライベートでもあるし、頑張り次第で俺の対応も違ってくるんだけどなー?"
"頑張りですか…い、いつかみたいにアメリカに映画観に行くぐらいでなんとか…"
"じゃあこれ食べてよ"
"あれ狭間さんに知られたら先生呪いかけられま……えっ"
"シロアリの女王アリ。…を、踊り食いー"
 
"にゅやあああああああああああああああああいやああああああああああああああ!!"

 
 
 
Invocation(アンヴォカシオン:召喚、嘆願)

最後のブツは検索しないことをお勧めします