胸を張った小さな体を有無を言わせず横ざまに抱え上げ、間髪入れず平手をフルスイング。
「ぎゃっ!」
膝の上で少年がのたうち回る。
構うものか。おおかた思い切り尻を叩かれたことなんか今まであるまい。
「お、お前っ、俺が誰だか解ってるのかよ!」
「さっき聞いた」
まだぐずぐず言える元気があるならもう一発!
「痛っ、おい! やめろ! やめっ!」
「はい残念、ごめんなさいが言えるまで叩きます!」
一応表で尻をひん剥かないだけ加減していると思ってほしいものだ。
このくそ生意気な少年、本人の談によれば近隣一帯をシマにしている“東城会”の跡取り息子…らしい。
本人はそう言っていた。詳細は知らない。
私にとっては、行きつけの喫茶店で取り巻きを連れてイキっているのをよく見る、いかにも金持ちですと全身で主張しているくそ坊主である。喫茶店なんて不良の場所だっていうのに、こんな年から出入りするとは全く嘆かわしい…いや、高校生から出入りしていた自分もあまり人のことは言えないので、百歩譲って構わない。
しかし、だからといって食べ物をひっくり返して「もしかしてこれ料理?」はなんというか、いや確かにあそこのマスターはなんで店を出せたってぐらい料理ヘタなんだけど、どんな躾を受けてきたのだと言いたくもなる。
取り巻きの野郎共をけしかけられたらどうにもならないが、ちょうど一人だったのでしっかりと体罰で話をさせてもらっている。
お家までは送るつもりだけど、ちくられてソープに売られないといいなあ。
「う…ううー…痛いよ、やめろよ…」
半泣きになるぐらいならやらなきゃいいだろう。
「ご飯を粗末にしちゃいけませんって、自慢の親御さんに教わらなかったの?」
「か、ッ、金払って食べるんだぞ、何がいけないんだ!」
「だまらっしゃい!」
はいもう一発。
そりゃもちろん私だってまずいメシはいやだ。好き嫌いもある。しかし学校の給食ならともかく好きに頼める表の店で、わざわざ嫌いなものが入っているメニューを注文するべきじゃないだろう。まずかったから残すにしたって、せめて申し訳なさそうな顔ぐらいしたらどうなのだ。
今度こそ涙目で反論も出なくなったお坊ちゃんに、私はそのような持論と、ついでに命を戴くという行為についてを滔々と説いた。
「もう一回聞くけど、親御さんにはどんな躾を受けてきたの」
やくざのトップでどうとか言っていたが、そんな地位があるならむしろ人より厳しく躾をされるべきだ。
「……ない…」
「え?」
「躾、なんて、されたことない」
「……。」
「父ちゃんも母ちゃんも忙しいんだ」
聞くんじゃなかった。なんだか一気にかわいそうになってきた。
「えーと…じゃあ、周りの大人は? どんな人がいるの」
「柏木とか…桐生君?」
いやそこ聞き返されても困る。知らないし。その柏木さんも桐生さんも。
「面倒見てくれてる人たちかあ…そこまで送って経緯を話せばいいかな」
「は?」
「なによ」
「何言ってるの? 俺を叩いたのに逃げないで事務所に来るとか、あんたバカなの?」
「わかるまで叩こうか」
「なんだよやめろよ!」
大人だからね。
結局あらためてその辺でご飯を食べさせて、さらに数十分話をしてから、柏木さんとやらのいる事務所を聞き出してタクシーで送った。とんだ出費だ。
開口一番告げ口をするかと思ったら、意外にも彼は終始その点については無言だった。…やくざ組織のことはよく知らないが、考えてみれば女に叱られてしかも尻を叩かれたなんて、部下に当たる人たちにかっこ悪すぎて言えないのだろう。
あと、柏木さんは滅茶苦茶怖い顔だが話の分かる人だった。
ご飯を粗末にしたら殴られましたやり返してくださいとか、私だってあんな人に言いたくない。
「また来てやったぞ! 遊んでやるよ、母ちゃんが帰ってくるまでな!」
「えー…」
そしてあれから、何が楽しかったのか知らないけど堂島大吾少年は何度も私に会いにくる。
後ろの人がすごく居心地悪そうだから帰ってあげなさいよ。
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