「どういうつもりなんでしょうか」
「見ての通りです。あんたは若のいい友達になってくれると思いましてね」
「…だからといって、小学生の子のお友達にお金を渡すのがこちらでは当たり前なんですか?」
「こりゃあ面白えことを言うお人だ。あんたはガキじゃあねえし、毎日一緒にインベーダーやらナンタラクレーンやらやってんのが、その辺のただのガキだとも思っちゃァいねえでしょう」
つまり堂島大吾という若様はそういった立場の人で、これは有り難くもそのご友人に贈呈するご挨拶料金だ…と。目の前の男はそう言っている。
「ささ、ずいぶん育ちのいいお嬢さんとお見受けしましたがね、あんまりカテェこと言わずに受け取ってくださいよ。男がいっぺん懐から出したもん引っ込めさせるような恥はかかさずに」
実にヤクザらしいうまいことを言う。こっちを気遣ってくれているように聞こえなくもないが、その実俺の顔を潰す気かという脅しと、さっさと受け取っておとなしく俺の派閥の言いなりになれという二重の恫喝が含まれている。
正直怖い。金も受け取らず若様との付き合いも金輪際絶って、何もかもなかったことにして逃げ帰りたいぐらいには怖い。
 
「……。」
だが。
そりゃあもう結構真面目に怖いけど!
やくざから金なんかもらったら後が怖いって理由ももちろんあるんだけど!
 
「お、断り、します」
他人は口先で騙せても、自分には嘘やゴマカシが効かない。
これを貰ったら、たとえ誰にバレなくても私の中で彼が“そういう”友達になってしまう。
「すみませんが、なんというかその…私だってお金は欲しいですけど、こういう友達料金みたいなものはいただけません」
大体ここではいそうですかと頷くぐらいなら、私はあの日ヤクザの息子と知りながら尻を叩いたりしなかったのだ。相手が子供だからって一回は強気に出ておいて、いざ後ろ盾が出てきたら尻尾巻いて逃げるってどうなのだ。今時のアホな若者調に言うと非常にシャバい。シャバすぎて屁も出ない。
一応さっき名前は聞いたけど恐怖のあまり覚えてない目の前のおじさんは、駄々をこねる子供をあやすように喉の奥で笑った。
さすが本職だ。怒鳴られるより怖い。
「ハ…本当に大した度胸だよ、あんた」
「それほどでも」
いや本当にまるっきりたいしたことはない。
むしろ怖い怖いと思いながら自分で納得できないことは強硬にやらないこの面倒なタチで、今まで何回貧乏籤を引いてきたか知れない。変えられるものならかなりマジで変えたいのだ。
…今度こそそれが祟ってソープにでも売られないといいな…。
 
 * * *
 
「いくらもらったの?」
「言っとくけどもらってないからね、カネなんか」
 
そして(私の肝は最大限に冷えたが)なんとか無傷で喫茶店の戸をくぐれたと思ったらこれだ。
組の名前は知らないけど事務所の近くにあるということは、もちろん“そういう”取引に使われることが大半なんだろう…汚くはないもののたいへん暗く店内の見通しも悪いお店だ。正直まだ怖いから早く離れたいのにこの坊ちゃんときたら。
「嘘付け、いくらだよ」
「あーはいはい。本当言うとこの友情は百億ぐらいもらわなきゃ割に合わねえから出直してきやがれって上等切ったんだよはいはい」
「ふざけんじゃねえよ!」
「ふざけてないもーん」
ペースを取り戻すためにわりといつものように大真面目にふざけたところ、程なくして大吾くんは苛立って近くのガードレールを蹴った。痛そうだ。
子供をからかっていじめるのはたいへん精神衛生上によろしい。
「みんなそうなんだ」
「みんなって?」
「……友達。みんな。おごってやるって言ったらすぐ俺のご機嫌伺いするし、組の奴がよろしくって金やったら嬉しそうに受け取るんだぞ」
「その人たちが本当に友達なのか一度じっくり考えた方がいいと思う」
「なんだっていいよ…」
彼が今までどんな愚連隊と付き合ってきたか知らないが、一緒くたにしないでほしい。
「だいたいそんな利口なマネができたらあの時尻叩いてないからね」
「あれ痛かったぞ。大人がコドモにあんな暴行はたらいたら罪になるんだぞ」
「君の組の人はやくざなのに一般の人を精神的に暴行したじゃん」
「そういうもんだろ?」
「そうだった」
今にわかに頭の中にボウタイホウとかいう妙な単語が浮かんで消えたけどなんなんだろう。
「まあなんでもいいや、生きて帰れたんだし…」
「ふん、何バカ言ってんの。極道っつっても金も持ってないカタギの女一人、面倒なだけだしわざわざ殺さねえよ」
「うわー、若干十二歳ですごい説得力」
 
大吾少年はそれから人を喫茶店に付き合わせたので、とりあえず大人のお友達らしく勉強を見てあげることにした。
「え、大人なのにこの程度の問題もできないの?」
「え…君こんなテスト百点取れるんだ…」
あとで点数と回答を消して改めてやったところ七十点しか取れなかったので、カネとかどうとか以前に私の方が数段下なような気がする。主に学力が。